現在我が本丸にいる刀は五振。
加州清光、山姥切国広、陸奥守吉行、歌仙兼定、蜂須賀虎徹。

それぞれがなかなか癖の強い者たちなので、私にはどれも扱いが難しかった。だがそれは決して、戦闘において彼らが扱いにくいというわけではない。そもそも戦闘をしない。ここは、そういった本丸ではない。
審神者としての指導や教育は受けたが、私は正式な審神者に任命されることはなかった。代わりに任されたのが、今の役目。



「どうかしたかい?」
「え?あ、いえ、なんでも」
「何か口に合わなかったかな」
「とんでもない。歌仙さんの作ってくれたおかずは全部おいしいですよ。少し、考え事を」



箸が止まっていたようで、蜂須賀さんから不意に声をかけられ、歌仙さんからの問いかけに笑って返した。



「この野菜はわしらがさっき収穫したぜよ、のう山姥切の」
「ああ、そうだな」
「ちょっとー、俺だって畑当番頑張ったんだけど」



その隣では、陸奥守さん、山姥切さん、加州さんが膳をつつきながらお話している。



「皆さん、だいぶ人の体には慣れましたか?」



そう問いかけると、各々が頷き返してくる。

野菜を育てる畑の仕事、戦で必要になる馬の世話、料理に掃除に洗濯、その他諸々。
それらを通して、刀から人の体へと顕現した彼らに人の体、人の生活に慣れてもらうこと。それがこの本丸の存在理由と私の仕事だ。

人の体という器を与えられた彼らには、ある程度指導が必要だという政府の方針だった。新たな刀剣男士が人の体に慣れぬまま戦闘に身を投じるのは危険だ。かといって正式な本丸では、慣れるまでじっくり待っているという悠長なこともしていられない。
ここはそれを省くための前準備だ。出陣や演練、遠征などは行わない。ただゆっくりと、彼らが問題なく動け、人の生活に慣れるまでを過ごす。



「ごちそうさまでした」
「お粗末さまだったね」
「いえ、とてもおいしかったです。さぁ、後片付けはみんなでやりますよ」
「俺、マニキュアが落ちるからやりたくないなー」
「歌仙さん、加州さんはお夕飯いらないそうなので夜は五人前だけ作りましょう」
「ああ、わかった」
「加州、謝っときぃ」
「…ごめん。やるよ」
「加州さんは素直で偉いですね」



そう言うと加州さんは照れたように俯く。
膳を持って厨へ行き、食器を洗う係、すすぐ係、拭く係と分かれて片づけを済ませる。加州さんには拭く係をやってもらったので、結果として彼のマニキュアが落ちることはなかった。



「夕餉は何を作ろうか?」
「お昼が終わったばかりですよ。気が早いですね、歌仙さん」
「夕餉は俺も手伝うよ」
「え…蜂須賀さん、どうしたんですか。珍しい」
「歌仙があれだけ楽しそうに厨に立つから、たまには手伝うのも悪くないさ」
「そうですか。じゃあ、お願いしますね」



蜂須賀さんは虎徹の真作というプライドゆえか、あまり雑用を好んでいない。まぁ、そのあたりの細かな規則はここにはないし、強制させる権限は私にはない。でも、他の本丸ではきっと馬当番も畑当番も避けることはできないと思うけれど。



「陸奥守さん、山姥切さん、加州さん。内番服、もし汚れていたら洗濯するので出してもらえますか?」
「ああ、もう洗濯機回してるから大丈夫だよ」
「え、いつのまに…」
「昼飯前に汚れ物は放り込んできたがじゃ」
「あ、だから山姥切さん、布かぶってなかったんですか」
「汚れたものを着て食事するわけにはいかなかったからな…」
「その心がけは偉いですよ」



まさか私が言う前に洗濯を開始していたとは。最近の刀剣たちは、言われずとも掃除をしたり畑の様子を見に行ったりと自主的に家事や雑用をこなしている。慣れてきた証拠。よい傾向だ。
今日はとても天気がいいので、きっとすぐに乾くだろう。





正式な審神者ではないとはいえ、仕事は任されている。
刀剣男士たちに異常は発生していないか、その日一日の彼らの様子はどうだったか、などの報告書を毎日提出すること。毎度のことながら、まるで観察日記をつけている気分だ。

ピッと机上の端末が鳴る。この端末には上層部からの連絡しか来ない。ホログラムで浮かび上がったのはこんのすけだ。



『お疲れ様です審神者さま、ご連絡がございます』
「はい、なんでしょう」
『要請が入りました。本日中にお送りいただきたく』



その言葉に、端末を持つ手がピクリと震えた。



「…わかりました。すぐに」
『お願いいたします。そちらへの新規刀の転送は、また後日』
「はい」



それだけのやり取りをかわして、通信は切れた。開けたままにしていた障子から、ふわりと風が入り込む。
――もう、そんなに経ったのか。日数を数えることを忘れていたが、考えてみればそろそろの時期だった。

部屋を出て広間へと向かう。
日が傾いて空が赤くなり始めている。物干しから、洗濯物はすでに外されていた。







「皆さんが本来の役割を果たす時が来ました。その実力、いかんなく発揮されることを祈っています」



広間に揃った全員が、すっ、と息を吸い込んだ。
彼らのここでの生活は今日、この時間で終わり。彼らを正式な審神者のもとへ送る時が来たのだ。その連絡が、先ほどのそれで。

いよいよ刀としての働きができるのかと、彼らは嬉しそうな表情だ。それを見ているだけで、私も充分嬉しい。



「そうか。せっかく夕餉の手伝いに乗り出す気が起きたけど」
「そこが少し残念です。…虎徹の真作としての力をどうか存分に」
「ああ、任せてほしい」
「夕餉の支度は、まだしていなかったんだよ。すまないね」
「いいえ、お気になさらず。雅のわからぬ者ですみませんでした」
「それこそ気にしないでくれ」



蜂須賀さんと歌仙さんは雑用などで難儀なところはあるが、できた人たちだ。うまくやっていける。



「やぁっとわしの銃が活躍する時が来たぜよ」
「本来は刀ですから、そちらも忘れないでくださいね」
「わかっちゅう。任せちょけ!」



陸奥守さんには、銃ばかり使うなんてことにならないのを願おう。頭の切れる人だから、問題ないとは思うが。



「山姥切さん、どうか戦闘でも積極的に行ってくださいね」
「わかっている。写しであっても、できることはやろう」
「その意気です」



抱えているものが多い山姥切さんだが、彼のこじれた心が少しでもほぐれてくれたらいいと思う。



「俺、このままで大丈夫かな?可愛くできてる?」
「私が言っても月並みですけど、加州さんはいつも可愛いと思いますよ」
「…そ。ならいいか」



少し照れたのか。彼はいつも通り、とても綺麗に整えられている。きっと大事にしてもらえるだろう。



「皆さんのご活躍を心から願っています。今後の、ご武運を」



一度刀の姿へと戻さなくてはならない。そうしなければ、彼らの所有権を他の審神者へ譲渡できないのだ。今は一応、私が主ということになっている。

だが、彼らが私を主と呼んだことは一度もない。
本来の主ではない、ここは自分たちが着任すべき本丸ではないと彼らも理解していたから、当然のことだ。
私には、彼らに呼ばれる名前どころか肩書きもなかった。それもいつものこと。

畳に手を付き、霊力を開放する。充満した霊力が彼らに流れ込み、柔らかな光が五人から溢れてくる。同時に五人の姿は蜃気楼のように歪んでいく。



「ああ、そうだ。みんなを代表して俺が言うけど、」



突然口を開いた加州さんがそう言ったのを聞き取るのがやっとだった。
消えかけていた人の姿に、次に彼が言った言葉はもう聞こえなくて、口の動きしか見ることができない。でも刹那に見回した他の四人も、同意するように微笑んでいた。
光が収まると、そこには五振の打刀。五振を丁寧にケースへ納め、報告書と共に政府へ転送した。明日には新たな本丸へ送られるだろう。

日は暮れて外は暗くなっていた。お腹がくぅ、と空腹を訴えてくる。蜂須賀さんと歌仙さんは、夕飯は何を作る予定だったのだろう。しばらくは食事も一人分。

わかっていた。一定期間経てば刀剣男士たちはここからいなくなるなんてことは、最初から。
わかっていた。もう何度も同じことを繰り返してきているから。
別れは最初から決められている。ここにはまた別の刀剣が来て、それを繰り返す。そこには思い出も何も必要なく、付かず離れず適正な距離で接することが求められていた。

彼らはきっと譲渡先の本丸で活躍していく。正式な主を持つことになる。かりそめの持ち主であった私のことなど、ちらとも頭をかすめやしないだろう。
彼らの姿が戻りゆく瞬間までそう思っていたのに。それなのに、みんなを代表して、と加州さんは言ったのだ。



―――ありがとう。主。



さっきの唇は、はっきりとその言葉の動きをしていて、他の皆は微笑んでいた。
目を覆ったが頬に水が伝った。
私はこれからもここにいて、他の刀剣たちともそれまでと同じように過ごす。何度も何度も。だがそれでも私はきっと、彼ら五人の刀剣男士を忘れることなどできやしないのだ。
広間はとても広くなった。本丸がとても静かになった。でも、私にとってはそれは寂しさの象徴ではなかった。

きっと彼らも、私のことを忘れないでいてくれるのだろうと、妙に確信していた。





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