まだ秋なのに寒すぎるのではないだろうか。部屋で書類に向かいつつ私は腕をさすった。

本丸は日本家屋の形をしていると言えど、ガスも電気も通っている。暖を取るには効率がいいエアコンもこたつも完備。一応火鉢もあるが。でもさすがにまだそれらを起動させるわけにはいかない。今の時期から使っていたのでは、本格的に冬になったら乗り越えられない気がする。
タンスから厚手の上着を取り出して羽織った。



「主、お茶を入れたけど」
「あ、はーい。入っていいよ」



再び書類に向かおうとすると、障子の向こうから声がかかる。入室許可を出せばお盆を持った光忠が入って来た。このタイミングでお茶とはありがたい。



「ありがとう、丁度温かい飲み物が欲しかったの」
「それはよかった。でも…そんなに寒いかい?」
「光忠は寒くないの?」
「寒くないわけじゃないけど、君ほどじゃないと思うよ」



はい、と差し出された湯呑を受け取りその温かさで手の温度を上げる。お茶を飲むと温かいのが体の中心を通った。

もこもこした上着を羽織っている私を見て光忠は少し笑った。別に笑わなくても…。いや、きっと光忠のことだから、適当な服を着たりしてまったく、とか思っているのかもしれない。
仕方ないじゃない。だって寒いんだもの。再びお茶に口を付け、体温を上げるために飲み干してしまう。空になった湯呑を手で包んで暖を取る。



「主、ちょっと後ろ向きに座ってくれるかい?」
「え…、なんで?」
「いいからいいから」



よくわからない要求をされ、もぞもぞと座布団の上で向きを変える。光忠に背を向け、机に向かう形になった。なんだろう、早く仕事に取り掛かれということだろうか。



「うわっ!」



いきなりお腹に手が回ったと思ったら、後ろに引かれて背中が何かにぶつかる。後ろには光忠しかいないので、ぶつかったのは彼の体というのは想像に難くないのだけど。



「な、なに…?」
「少しは温かいんじゃないかと思って」



光忠の足の間に座る私の頭に、柔らかく何かが触れる。すり寄るそれに心臓が跳ねる。まさかの頬ずりに心臓がぐっと掴まれたように思えた。加えて聞こえる呼吸が近すぎて、別の意味で暑くなりそうだ。…温かいのは事実だけど、恥ずかしい。

背中からじんわりと温かい。だがそうなると一部が温かくなった結果、他の寒さが際立ってきて足先が寒いな、と両足をすり合わせた。



「…主、向き変われる?」
「また?今度はなに?」
「そんなに警戒してくれなくてもいいと思うんだけどなぁ…、横向きに」



さすがに変なことをしてくるとは思えないが先ほどは突然でびっくりしたので、一応警戒しながら向きを変えた。
至近距離で光忠を見ると目には刺激が強い。視線を下げつつ横向きになると、光忠が私の足先を手で包んだ。これまたびっくりした。



「…意図を説明してからしてほしいです光忠さん」
「ごめん。気を付けるよ」



少しだけ足先が温かくなるが、手の面積は限られているのでさっきの背中ほどではない。



「随分冷たいね。湯たんぽでも持ってこようか?」
「うーん、今は…いいかな、このままのほうが良い」
「…そう」



返事はどこか満足そうに聞こえる。光忠の肩に頭を付けて、体を丸めた。
なんだかんだでこの体勢は温いし、安心する。ここまできたら、もう少しくらいいいだろうか。



「光忠、手…」
「ん?手?」
「手が、冷たいです。足は大丈夫だから、こっち」



片手を揺らすと、光忠が小さく笑った。それまで包んでいた足先から手が離れる。光忠は黒い手袋を片方外した。



「外したほうが、いいよね?」
「…うん」



手を取って欲しいのはささやかな甘えだったし拒否されることはないだろうと思ってはいたが、丁寧に手袋を外して臨んでくれるとは思わなかった。
光忠は私が揺らした手を握り、私もそれを握り返す。

会話が途切れて静かになった。お互いが呼吸する音と、布がこすれる小さな音と、掛け時計が時間を刻む音だけ。
会話はなくとも気まずい空気ではない。むしろ甘ったるくて困るくらいだ。困るは困るが、こうして光忠が甘やかしてくるのは私を気遣ってのことだから、むしろ嬉しい。でもこれだけ密着してるというのは初めてのことで、ずっと心臓がうるさいのも事実。

些細なことだけど幸せだなと思った。私ばかりが嬉しくなっている気がして、少し申し訳なくなる。
自分のと光忠の鼓動を感じつつそっと首を動かすと、何かが視界の端に映った。…なんだろう。何か小さいものが、落ちていったような気がする。



「なんだかごめんね、主」
「え、何が?」



唐突な謝罪に驚いて顔を上げると、光忠は照れたように笑っていた。



「僕ばっかり嬉しくなってる気がしてさ」



それを聞いて、謝罪は意味がないものだとすぐさま思った。なんだ、光忠も嬉しかったのか。私だけじゃなくてよかった。
そうなると今落ちていった小さな何かは、刀剣男士たちから時折舞う桜だったのかもしれない。



「謝らないでよ、私が嬉しくなってないみたいじゃない」
「君も嬉しい?」
「…どうだろうね?」



少し恥ずかしくてごまかす私は、非常にかわいくない反応をしたと思う。
口では言いつつ、普通に握っていた手を、指が交互になるように絡ませてみた。本当はこれ以上ないくらい嬉しい。言ってみれば、私も桜が舞っているような状態だろう。
光忠の手に力が入った。ついでと言わんばかりに、空いている手が肩に回りぎゅうっと体がくっつく。



すごく小さくて単純なことだけど、小さなことで幸せになれるなら、別にそれは悪いことではないだろう。光忠はなにも言わない。私もただ黙って光忠の首筋にすり寄る。
さっきと違って体はぽかぽかしている。その温かさに浮かされて、繋いだ手をゆらりと揺らした。





ALICE+