体が熱い気がした。具合が悪いわけではないから、熱はないのだろう。お風呂の温度が高かったのだろうか。

お風呂から戻ってくれば、光忠が部屋に布団を敷いてくれていた。彼は近侍だから、それも当然と言えば当然のことで。



「ああ、上がったかい?」
「うん。布団、ありがとう」
「僕の仕事だし、僕がやりたいからね」



仕事だからやっている。近侍の彼にとってそれは当たり前。でもそれなら、仕事でなければ傍にはいてくれないのかと思う不安も、自分がやりたいからやっているのだと言ってくれる。あっという間に不安解消だ。相変わらず細やかな人だなと思う。

掛け布団を整えて、ぽすんと枕を置いてしまえば床の準備は完了。近侍の仕事の締めだ。同時に、光忠の一日の仕事は終了となり彼は自分の部屋へ戻ることになる。
同衾することは、そう多くはない。私が、光忠は疲れているだろうなと思って速やかに部屋へ帰すことと、光忠が、主人は疲れているだろうなと思って速やかに部屋へ戻ることの二つが重なっているのだ。

気遣いの行き違いが起きているのは、たぶんお互いにわかっている。でもだからと言って、恋人がいてくれないと寝られないなんて言う程子供ではないし、本当に疲れていたら申し訳ないから。



「はい終わり。あとはゆっくり休んでね」
「うん、ありがとう」



光忠は立ち上がると、私の頭をそっと撫でる。その手に、なんだか今日はとろりと体の芯が溶けるような。



「じゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみなさい…」



いつものように言ったはいいが、離れていく手が名残惜しい。いなくなる光忠が、名残惜しい。
まだ、まだ。もう少しだけ…、もっと。



「…主?」



去り行こうとした光忠の手を、くっと掴んだ。
彼が不思議そうにするのも当然の反応だろう。おやすみの挨拶を済ませて部屋へ戻るというのはいつものことで、それを阻まれたのだから。

なんだか今日は体に熱が溜まっていて、じわりじわりとまた上昇する。
光忠は少し戸惑った顔をしていたが、何かを察したように微笑んだ。



「どうかした?」



恐らくは、私の意図がわかったのだろう。一気に落とされそうなほど、声のトーンが甘くなった。
ということは、きっと彼もこの先を了承してくれているということ。疲れているから早く部屋に戻りたいとは思っていないということ。お互いの気遣いは、今日は不要だということ。

ああでも、困った。
自分で引き留めたとはいえ、先を促す気の利いたセリフなんて私は知らない。一度促してしまえば、あとはきっと光忠に任せてしまえばいい。けれど、彼がそれをするにはまだ一歩足りないのだ。今は、私が光忠の手を掴んだというだけで、私は何も言っていない。
とはいえ、光忠の発した一言だけで部屋の空気はすでに充分甘ったるいのだけど。



「どうかしたというか…」
「うん」



光忠に、あと一歩こちらへ来てほしい。
その空気を作って彼を引き込めるかどうかは、自分でどうにかするしかないのが難しい。でもちゃんと待ってくれるから、光忠は本当に素敵な人。

握っていた光忠の手から手袋を外す。普段はあまり見ることができないこの手を、夜に見るのは久しぶりな気がした。
手を自分のほうへ引いて、指先にそっと口づけた。唇で緩く指先を挟み、離してもう一度口づける。

ねぇ光忠、こっちに来て?
そう願って見上げてみると、光忠は少し顔を赤くしていた。そのことに驚く。



「光忠…?」
「なんかこう、さ…けっこうクるね、今の」
「っ…」



一気に距離を縮めた光忠の唇が首筋に触れた。ちゅ、と小さな音を立てる。驚いたものの、私は素直にそれを受け入れるだけ。
嬉しい。よかった、来てくれた。



「君から誘ってもらえるとは思わなかったよ」
「…嫌?」



光忠が頬を撫でた。



「まさか。すごく嬉しいよ」
「それなら、よかった」
「かわいいお誘い、してくれてありがとう」



さっきの赤面はどこへやら。光忠はあっという間に自分のペースを上書きする。改めて言われてしまうと一気に恥ずかしくなるからやめてほしい。

俯く私に、光忠は不意に私の手を取ると口元へと持っていく。そのまま私の指先に口づけた光忠に、目を見開いた。さっき私がしたのと同じように唇で指先を挟み、もう一度柔らかくキスを落とす。
目の前でそれをする光忠に、ぞくりと鳥肌が立つ。
…なるほど。



「どう?」
「うん。なんか、グッとくるね…」
「そういうのを君はしたんだ。これが嬉しくないわけないよ」
「そう、ね」



私も、今光忠にされてとても嬉しく思った。我ながらうまいことをしたらしい。でも嬉しいけど、本当にキスしてほしいのは指じゃない。首でもない。



「ねぇ、」
「ん?」
「お誘いに乗ってくれたから、あとは、任せてもいいでしょう?」



そう言ってみれば光忠は、余裕たっぷりな笑みを見せる。



「オーケー、もちろん」



端正な顔が近づいて、私は目を閉じる。触れ合う唇はとても心地いい。

ああ、ようやくしてくれた。


―――
ツイッターにて「#RTされた数だけキスをする刀さに小説書きます」のタグでやらせていただきました。



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