最近、気温が安定しない。
昼間は暑いくらいの気温でも、夕方になれば一気に寒くなるし、昼間からとても肌寒かったりする。そして急激な変化に対応しきれなかった私の体は、風邪という形でダウンすることになった。

枕元には水差しと湯呑、額に冷却シートを貼られ、布団の中で寝返りを打つ。湯呑に手を伸ばし、ちびりと水を口に含んだ。
廊下に足音が響いて、誰か来るなと思った。



「お、大将。起きてたか」
「うん…、眠くならなくて…」



障子を開けて入って来たのは薬研で、枕元に来ると胡坐をかいて座った。
できればお医者さん風の内番服で来てほしかったという個人的な願望は、喉の奥にしまい込んだ。

横になることと眠ることは同じではない。横になっても眠くならなくて、さっきからぼんやりと天井を見上げてばかりだ。



「まぁ、無理して寝ろとは言わん。安静にしといてくれればいい」
「はぁい…。でもね薬研」
「ん?」
「暇なの」
「はは、そりゃそうか」



眠れないなら起きているしかないが、起きていても暇で、暇だけど体がだるいから暇つぶしな何かをすることもできない。



「薬研は、この後何かあるの…?」
「いや。大将を見とけ、って部隊から外されたんでな。俺っちも大将と同じく暇ってわけだ」
「あ…なんか、ごめんね…」
「どのみち、大将を残して出陣だの遠征に行っても身が入らないからな。俺には丁度良かった」



くしゃ、っと髪を撫でた薬研の手に余計に体温が上がるかと思った。
こういうことを、薬研はさらっと言うんだものなぁ。本当、外見と中身が釣り合っていない人だ。



「じゃあ薬研は…、ここにいてくれるの?」
「そうだな。寝てるなら様子見程度で戻ろうかと思ったが、大将が起きてたからな」
「やったぁ」



これで暇が解消される。もし眠くなったらそのときは寝ればいい。



「大将、水は飲んでるか?」
「少しだけ…」
「もっと飲んでおかないと、下がる熱も下がらないぞ」
「うーん…」



面倒だなぁと渋っていると、薬研は徐に湯呑を手に取り中身の水を煽った。
薬研も喉が渇いていたのかなと思ったが、そのまま上半身をこちらに倒してくる。当然ながら薬研の顔が近づいてくるわけで。



「…ちょっ!?」



ぼけっとしていた頭と手が瞬時に動き出し、薬研の口を手のひらで覆う。
いや、いやいやいや。なんですかそのさも当然のような口移しの流れは。

慌てた私とは対照的に、口を覆われたままの薬研は目を細めた。これは笑っている顔だなとわかる。私の手首を掴んで顔から外させた薬研は、そのまま水を飲みこんだ。



「な、に…急に…」
「大将が自主的に飲まないなら、こうなるぜ?」
「自分でのみます…」
「それでいい。起きて飲んだほうがいいぞ。寝たままじゃ変なとこに入るからな」
「…はぁい」



もぞもぞと起き上がると、薬研が背中に手を添えてくれる。水の入った湯呑を受け取り、口を付けた。



「あ、」
「え?」
「悪いな大将。そこ、今俺が口つけたところだ」



その発言に湯呑を落としそうになった。薬研は膝に頬杖ついてどこか満足そうに笑う。
半面私はかっと顔が熱くなるのを感じた。いや、すでに薬研とは間接キスなんてかわいく思えるくらいの関係ではあるけど、改めて言われると恥ずかしい。

ごまかすように水を口に含む。さっきと口をつける場所は変えた。



「こういうの、間接キスって言うんだっけか?」
「…そういうの、言わないくていいよ」



むせたりしないために起き上がって飲んでいるのに、薬研の発言でそれよりもひどい状況になりそうだ。ひとまず湯呑一杯分の水は飲むと、薬研が湯呑を回収してお盆に乗せてくれる。
ぼんやりその顔を見ていると、目が合った。そして、まるでそれが何かの合図になったかのように、じり、と薬研が至近距離に近づく。



「っ、やげん…?」
「大将、一応訊くが、さっき拒んだのは恥ずかしいからか?」
「へ…!?」



何のことを言っているのかはすぐにわかった。
わざわざ訊かなくたって、私が羞恥からさっきの口移しを拒んだと薬研だってわかっているだろう。そうでなければ、私に自主的に水を飲ませるという方向へ繋がらない。

答えることすら恥ずかしくて俯いていると、顎が掬い上げられ、そのまま流れるように薬研と唇が触れ合っていた。
突然のことに、体の中心から熱が湧き上がるような。一度離れて終わりかと思いきや、頬に手が滑るとまた口を塞がれる。そしてゆっくり離れた薬研は、ちろりと赤い舌先を覗かせて口元を上げた。
その仕草に心臓が跳ねたのは私のせいではない。私は何も悪くない。むしろ被害者だ。何の違和感もなくそんなことをやってのける薬研が悪い。

血が、沸騰しそうだ。思わず薬研にもたれかかり、肩に顔を押し付ける。



「薬研のせいで、ねつ、あがる…」
「そりゃ悪かった。大将がかわいい顔してたんで、ついな」



どんなついだ。私は仮にも病人なのだけど。



「うつるよ、かぜ…」
「それはそれで丁度いい。大将が治るだろ」
「薬研が、寝込むことになるよ…」
「元々人じゃないから、どうだかな」



ゆるゆると背中を撫でながら薬研は少し黙った。
うん、と呟いたので何かを考えて結論を出したのだろうか。



「うつったところで、本体が壊れるわけじゃないから俺はどうにでもなる」
「う…? っ…!」



発しようとした声は薬研に呑み込まれた。触れ合う唇が、熱い。
もうほんとう、薬研は私の看病に来たのか、失神させに来たのか。頭がくらくらする。



「…どうせだ。全部俺にうつしちまえ、大将」



掠れた声に返事をする暇さえなく、また唇が押し当てられた。


―――
#RTされた数だけキスをする刀さに小説書きます



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