「主、ち、ちょっと待って!」
「あ…ごめん光忠」



慣れない駅の人込みを歩くのに光忠はとても手間取っているようで、気づけば距離が少し離れていた。
久しぶりに現代に来ての買い物に、舞い上がって気づかなかった。悪いことしたなぁ…反省。

駅構内の隅に寄って、少しだけ休憩だ。いくら戦場には慣れているとはいえ、さすがにこれだけの人込みというのは光忠は苦手のようだ。



「ごめんね、疲れたでしょ?」
「いや、それは大丈夫だけど…君の時代は、随分と人で溢れてるんだね」
「そういう時代なの。私も人込みは得意じゃないけどね」



大丈夫とは言ったが、やはり少しだけ疲労の色が見える光忠に、ポケットに入れていた小粒チョコレートを差し出す。



「甘いもので体力回復!はい」
「ありがとう」



熱で少しだけ溶けていたチョコレートはひどく甘い匂いを発していた。私も光忠に渡したのと同じチョコを口に放り込む。
しばらく咀嚼してそれを食べ終えた光忠は、じゃあ行こうかと、私の手を取った。突然の繋がる手に私は少し震えてしまった。嬉しい。嬉しいけれど。そんなことされたら緊張する。



「あ、うん…」



駅構内のどこに何があるかを光忠は知らないから、彼を引っ張っていくのは私だ。でも手が繋がれた途端に、一気に光忠はリードする側の雰囲気を醸し出すからずるいと思った。
構内を進み地下鉄乗り場へ向かう。吹き抜ける風は生温くて、ぱさぱさと髪の毛が肩を叩く音がする。

電車に乗り込めばもうそこまで人は多くないのに、光忠は手を離そうとはしないのが不思議だ。人込みではぐれるのを回避するために繋がれたはずなのに。



「そういえば、僕を現代に連れてきてくれたのは初めてだね」
「そうだね、今までは堀川くんとかが多かったかな」



動き出した電車に揺られて、光忠は空いている手を吊革に持っていった。本当、順応が速いなぁ。もうすっかり現代人に馴染んでいる。
返事はしたけれど、繋がれたままの手が気になって実はそれどころじゃなかったりする。光忠と二人でいることに、こんなに緊張したのは初めてだ。
本丸で二人になったことはあるけど、そもそもそれすらも指で数えるほどだったと思い出した。

もっと、二人でいることに慣れたいと思った。朝でも昼でも夜でも、なんならその先でもいい。
もっと、二人でお話したいと思った。話し足りなくて思わず呼び止めて、振り向いてくれた光忠に触れずにはいられなくて。でも、ごめん何でもないよっていつも苦笑して。
もっと、光忠と一緒にいて、光忠もそう思ってくれないかな。とんだ二人よがりになれたりしないだろうか。一瞬でもそれができたら、すごく嬉しいのになぁ。
もっと、二人でいる時間が増えたりしないだろうか。その時間と空間を二人占めできたりしないだろうか。そうしたら、夢にまで見た二人きりの夢にも手が届きそうな気がするんだけどなぁ。



「主、大丈夫?」
「え?」
「いや、急に黙ったから具合でも悪くなったのかなと思って…」
「あ…ううん、大丈夫だよ!」
「そう…?それならいいけど」



慌てて笑ってみせると、光忠は少し安心したように笑い返してくれた。

…まったく、何をしてるんだ私は。
まさか一人で乙女な思考に走っていましたとは言えず。誰とも共有できない思考に一人で恥ずかしくなった。





必要な買い物を済ませて、転送装置で本丸へ送ってもらう。逆に言えば、本丸にいる状態でも転送という仕組みを使って買い物を済ませることは可能だけど、やっぱり買い物は自分の足で歩かなくては。

行きとは違う路線の電車に乗り込む。快速の終着から降りて駅から出れば、空はもう夕暮れで赤くなっていた。



「ごめんね光忠、いろいろ連れまわして…」
「いいや、楽しかったよ」
「でもほとんど私の買い物だったし、退屈だったんじゃない?」
「そんなことないよ。楽しそうにしてる君を見てるのが楽しかったから」
「…そんなに感情出てた?」
「割とね。やっぱり君も女の子だなぁって嬉しくなったよ」



気づいてしまう。
ああ、やめてよ。そうやって笑わないでよ。落ちてしまうから。もっと深みに入ってしまうから。

夕暮れの赤が目に眩しい。そっと横目に見ると、光忠の白い肌も夕日で赤に染まっている。
そのまま視線を下げれば、自分と光忠の靴が見える。私のは、歩きやすさ重視でほどほどの可愛さなぺたんこブーツ。光忠のは、どこかのブランド物にも見えるおしゃれな黒い革靴。すごいな、おしゃれなものを簡単に使いこなせるのは。
そこまで考えて、ふ、と小さく息を吐いた。

私はまた一人で苦悩して、一人で勝手に緊張したりするのだろう。隣を歩くだけで幸福を感じたりするのだろう。そうなる未来には、もうとっくに気が付いているし充分に知っている。
買い物中に離れた手は今も離れたまま。当たり前だ。別に常時手を繋いでいる必要もないのだし、慣れたように手を繋ぐ関係でもない。繋いでいたらそれはそれでとても嬉しいけど、逆に緊張してしまうという矛盾も生じる。改めて、厄介だなぁと自分の心情を嘆くしかない。



「二人…」
「え?」



光忠がぽつりと呟いたことは、案外はっきりと私の耳に届いた。二人…?



「二人でいる時間が、終わっちゃうなぁと思って」
「あ…うん、まぁ…そうだね」



突然のことに何と返したらいいかわからず、適当な相槌をした。光忠が言うのはその通りで、当たり前だ。必要な用事はすべて済ませたし、本丸に帰ればみんながいるし、もう夕方だから今日という日も終わりに近づいていく。
光忠の言葉はどういう意味だろう。この場にいる“二人”というのはほぼ確実に私と光忠のことを限定して差しているわけで。

ぼやぼやと考えていたら、片手が急に握られた。行きの時のように唐突だった。体がカチコチに固まる。行きはまだ、人込みの中ではぐれないようにするという意図があると解釈できたから、そんなに疑問には思わなかったけれど。
今は、どうして…?



「僕とこうするのは、そんなに緊張する?」
「へ…?あ、えっと…」



緊張で体が硬くなったのを見透かされたのか、光忠は困ったように眉を下げた。



「もう少し、二人だけでいることに慣れようか」
「え…?」
「僕と二人でいるのは、好き?」



先ほどよりも歩みはずっとゆっくりになった。わざと遅くしているような気さえする。
光忠の言葉がぐるぐると回る。どういう意味だろう。なんて答えたらいいの。素直に好きと言っていいの。
こつりこつりと、自分たちの靴が一定のリズムでコンクリートの道を鳴らす。そのリズムがぴったり合っているというだけで、とても嬉しくて恋しくなる。

隠しても意味がないと思ったから、ゆっくり頷いた。



「そうか。じゃあ、もう少し僕と一緒にいたいって思ってくれたりしない?」
「…いつも、思ってるよ」



少しずつ熱くなる顔をなんとか上げて、答えた。
よかった、独りよがりじゃなかった、と光忠ははにかんだ。

だから、少し調子に乗ってみた。普通に繋がれていた手、自分の指を光忠の指の間に滑らせてみる。光忠は少し驚いたようにこちらを見たけど、すぐに嬉しそうにしたから調子に乗ってよかったんだなと思った。
夕暮れの中で手を繋いで歩くなんて、いつかの夢で見たような夢に手が届きそう。ううん、もう届いた。

ならどうせだから、もう一つ。
好きだと言って、その返事が私の望むものだったらという夢にも、手が届いたらいい。



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(恋の煙/チャットモンチー)
フォロワーさんから教えていただいた曲で




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