お出かけに向けての準備は、今日は少し張り切る。
ただのお出かけではなく、デートだからという単純な理由。女の子がデートではしゃいで何が悪いのよ。

とびっきりの勝負服を着て、周囲にメイク道具を広げながら鏡の前であれこれと自分を飾っていく。
まつげは長め。マスカラに付けまつげをプラスして。
慎重に引いたアイラインはばっちり。くっきりとしたシャドウハイライト。リップはちょっと多めに。だってキスするかもしれないじゃない。ピンクでキラキラのかわいいやつ。

メイクは女の子が綺麗になるための魔法であって、可愛くなれますようにと願うおまじないだ。
なんとかメイクを終えて姿見の前に立ち、自分の姿を確認する。丁度いい丈のスカートがふわりと揺れる。我ながら可愛くなれたんじゃないかな。



彼は先に待ち合わせの場所へ行っているはず。
本丸から一緒に行ってもよかったけれど、それじゃあデートの醍醐味である待ち合わせができない。「待った?」って男女が落ちあうところからデートは始まるものでしょう?

ああ、いたいた。
他にも待ち合わせの人がちらほらといる、街灯光る広場に立つ一人の男。いつものカソックではなく、現代デートに合わせたネイビーのスーツに身を包んだ男は腕時計で時間を確認していた。遅れ五分。丁度いい。近づく私に気付いた彼は顔を上げた。



「お待ちしていました、主」
「遅れてごめんね長谷部」
「いいえ、まったく」
「でも私、五分遅れちゃったよ?」
「待ったうちに入りません」



こういう時は、女の子って少し遅れるのが可愛いんじゃないかなっていう私の持論。
予想通り長谷部は柔らかく微笑んで咎めることもしない。

一瞬私を全体的に眺めた長谷部は、少しだけ顔をしかめた。



「どこか変…?」
「いえ、とてもお似合いなのですが」
「が?」
「…胸元が開き過ぎではありませんか?」
「そう?でも、こういうの好きでしょう?」
「っ、それは…!」



顔を赤くしているなら肯定だ。実際そんなに露出が多い服ではない。長谷部が気にしすぎなだけ。でもそう言ってくれるのは、私を女の子としてちゃんと見てくれているということ。他の男の目を気にしてくれているということ。

今日の私はヒールのおかげで三センチ背が高い。背伸びしたら長谷部といい具合の身長差。手首には時計ではなくベビードール。甘くてどきどきしないかな。
指先まで今日は頑張ったの、気づいてくれてるだろうか。絶対似合うよと加州からお墨付きをもらった赤いマニキュア、すごく可愛いと思うのだけど。

そっと内心で訴えかける。
ねぇ長谷部。今日の私、どう?可愛い?



「…行きましょうか」
「そうね」



こほんと咳払いして誤魔化した長谷部は私を促すけれど、照れ隠しが先行しているせいか一つ忘れている。それが気に入らなかったから、一歩を踏み出す長谷部に反して私は動かなかった。



「主…?どうかしましたか?」
「言わなくてもわかって、長谷部」



じっと見つめると、ああ、と気づいた長谷部は恭しく手を差し出した。長谷部が恭しいのは今に始まったことではないけれど。



「気づかず申し訳ありません、お手をどうぞ」
「減点ね」



手袋のされていない綺麗な手に、赤で彩った指先を伸ばした。
右手が長谷部の手に包まれると口元へと引き寄せられる。指先に唇が押し当てられて、少し顔が熱くなった。



「お許しいただけますか?」
「気分が良くなったから、許すわ」



微笑んだ長谷部に手を引かれて、こつりとヒールを鳴らし踏み出す。
ようやくデートのスタートだ。





ネオンが輝く夜の街に、長谷部の容姿はとても映える。
移動していると、お兄さんうちの店にどうですか、なんて声がかかることも多い。それは夜の仕事の勧誘だったり、キャバクラやらのお誘いだったり。
すぐ隣に私というれっきとした連れがいるけれど、声をかけてくる人たちはそんなのお構いなしだ。キャバクラのキャッチをする人に至っては、なんならお連れさんが一緒でも構いませんよ、なんて馬鹿げたことを言う始末。女の連れがいる状態でクラブに行くなんてどんな男だ。



「ねぇお兄さん、お安くするからうちに寄ってってよぉ」
「興味がない」
「もお、素敵なのにもったいなぁい」



私よりもはるかに露出の多い服を着た美人の女性は、甘ったるい匂いを振りまきながら長谷部に声をかける。ちらりと私を一瞥するが、あなたなんて見つけてないわよとでも言いたげに、すぐに長谷部へと視線が戻っていく。

気に入らない。私は眼中にないってことね。こうして手を繋いで、私が長谷部の腕にぴたりとくっ付いていても、私は長谷部の連れとは認識されないのね。



「ねぇ…、長谷部」



繋いでいる手を握り、早く離れましょうという意味を込めて呼びかける。



「ええ、行きましょうか」
「あ、ちょっとぉ。ねぇお兄さん、いいでしょ?」
「連れがいるので結構だ」



私に柔らかい笑みが向けられたと思うと、目の前の美人に対してはうんざりといった表情で断り、長谷部は足を動かした。私もそれに合わせて歩き始める。
ちょっと後ろを振り向くと、美人さんがまだこちらを見ていた。長谷部にお断りされてかわいそうな美人さん、ごきげんようと厭味ったらしく言ってやりたくなった。そんなことはしないけれど、その意味を込めて笑顔を一つ送る。

美人さんに対する長谷部の表情が、少し私を優越感に浸らせた。もう一度見てみたい。私に優しく微笑んでからの、あのうんざりな表情を向ける切り替わり。



「長谷部、もっとちゃんと断ってよ…」
「申し訳ありません。あまりしつこければ抜刀も辞さない覚悟でしたが」
「現代ではそれは禁止」
「わかっています。それにしても、あなたがいるのに俺に声をかけるなど、あの連中の目はどうなっているのか理解しかねます」
「…ほんとよね」



そうよ、長谷部の隣には私がいるの。長谷部は私の恋人なの。長谷部の恋人は私なの。あなたたちはどうしてそれがわからないのよ。
―――…わからないのは私のほうだ。



本当はわかっているの。
一見すれば、私が長谷部に釣り合っていないこと。
着飾ってメイクをしても、さっきの女性に到底追いつけないということ。
長谷部の連れだと胸を張れるような、そんな魅力もオーラもないということ。
せいぜい強がって、背伸びして、ちょっと小悪魔な可愛い女を繕っていること。
でも結局、どんなに綺麗になろうと頑張っても、私は平凡な女でしかないということ。

繋いでいた手を強く握り、長谷部の腕にしがみつく。



「主?」
「長谷部は、私のこと好き?」



長谷部の歩みが止まった。必然的に私も止まる。
そっと見上げて表情をうかがってみると、長谷部は甘く微笑んでいた。



「はい。俺はあなたのことが好きです」
「ほんとに?」
「本当ですよ」



長谷部も手を握り返してくれる。その一言と行動一つで、私の心の砦は守られる。



「…私だけじゃないと、いや」
「はい、もちろんです。主以外の人間には、俺は興味がありません」
「長谷部だって、自分だけじゃないといやでしょ?」
「それは…、はい。主が俺以外の男に惹かれるのは…嫌です」
「ん…」



長谷部は私のことを好いていてくれている。その事実だけが、唯一にして絶対の自信だ。

大好きだよ長谷部。ほんとだよ。ねぇ、だから、



「あ、そこのお兄さぁん。よかったらうちの店どう?綺麗な子、多いわよ」



立ち止まっていた私たちに、またどこかの店の人が声をかけてくる。案の定、私のことは眼中にない。ああ、もういい加減うるさい。



「いや、俺はけっこ、」



結構だ。
さっきのようにそう言おうとした長谷部の言葉は途中で切れた。
私が背伸びをして、長谷部の首に腕を回して、顔を私に向けさせて。声をかけてきた女性の目の前で、キスしてやった。すぐに離れると、長谷部はぽかんとしている。あんまり私からはしないものね。
ぽかんとしているのは女性もだ。本来アホ面をさせたいのはこっちだから、目的は果たした。

長谷部は私のだから。長谷部はあなたたちが声をかけていい男じゃないの。



「ごめんなさい。この人には私がいるので結構です」



にっこり笑って腕を組み直し、我に返った長谷部を引きずるようにその場から離れた。



「あ、主…っ!いま…!」
「うん?なぁに?もう一回?」
「…っ!」



ネオン街の真ん中だろうと関係ない。
立ち止まって、赤い顔した長谷部に抱き付きもう一度唇に吸い付いた。ほらね、ピンクの可愛いリップをつけてきてよかった。

すると長谷部のほうからも強く押し当てられた。腰に腕が回り、頬に手が添えられると、やけを起こしたように唇の角度が変わる。私も必死に背伸びを続けてそれに応えた。



私だけじゃなきゃいやだよ、長谷部。
口では言わないけど、あなたのことが大好きなの。
だからキスでそれを教えてあげる。

ねぇ。ねぇ長谷部、今の私、可愛いかな?


―――
(Sweet Devil/初音ミク)
フォロワーさんから教えていただいた曲で



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