※現パロ



どうして、こんなことになっているんだろう。


「ほんとに効くとは思わなかった…」


急激に高まっていくような動悸にぜひぜひと息をする私を見て、目の前の光忠は驚いたように瞬きをした。ちょっと待ちなさいよ。どうして本人が一番驚いているの。

先ほど、光忠から貰った飲み物を一口飲んでみたのだ。その時から光忠は興味深そうに私を見てくるから、一体どうしたのだろうと思った。
するとどうしたのか、私の体は急に熱を持ち始め、何やらぞくぞくとよからぬ感情が湧き上がってくるのだ。


「なに…、これ…」
「え、どうかした」
「なんか、変…」
「あ…まさか、」


ほんとに効くとは思わなかった…、媚薬。
そう光忠は零したのだ。犯人は目の前の男であったらしい。でも、媚薬って。耳を疑った。でも気持ちが悪いわけでもない、体の奥からむずむずするようなこの奇妙な感覚も、媚薬のせいだと思うと納得がいった。


「なんてこと、してくれるの…!」


既に終業とはいえ職場でなんてことをしてくれたのだ。
きっ、と睨みつける私に対し光忠は最初こそ焦っていたが、なぜだか今は少しずつこちらへ近づいてくる。


「な、に…」
「今、どんな感じ?」
「…言わない」
「それは残念」


妖しく笑う光忠がじりじりと近づいてくるが、私はそれに反して後ろへ下がる。しかし背後のロッカーに背中がぶつかり、それもできなくなった。金属製のロッカーがひんやりとしていて、不可抗力で熱を持った体を冷やす。
光忠に手首を緩く掴まれると、それだけなのにびくりと体が震えた。いつもはそんなことないのに。


「これだけでもけっこうクる?」
「光忠のせいでしょ…」
「そうだね、ごめん」


光忠の顔がこちらに近づくが、ぺちりと頬に手を当ててそれを阻んだ。
この部屋には私と光忠しかいないが、ここは職場だ。そういうのは控えてほしい。そう思っているのに、抵抗の力が弱いのは物理的に私が弱いせいか、それとも薬のせいなのか。
光忠の空いているほうの手が、頬に添えられてまた体が熱くなる。ああ、一体なんなのだ。今の私は本当に変。光忠のせいだ。一人で内心穏やかではない私に比べ、光忠が小さく笑ったのがわかった。
私の耳元に唇を寄せてくる光忠に、弱々しい抵抗しかできない。


「だめだって…!」


抵抗するも本気とわかっていないせいか、光忠は耳に息を吹きかけてくる。
みるみる甘ったるい雰囲気が生み出され、徐々に私もそれに飲まれそうになる。…が。


「…っ!」


がちゃりと、この部屋の扉に手がかかった音がした。


「っ!?」


扉が開き誰かが入ってくるのとほぼ同時に、何かが起こった。
とっさに瞑ってしまった目を開けると、そこは暗かった。でもわかってしまった。密着した光忠の体がすぐそこにあること。


「ちょっと、なにし…!」
「静かに」


頭上から聞こえる声はいつもよりも低く、余計に鼓膜を震わせた。茶化したような言い方ではなかったから、思わず私は押し黙ってしまう。
何が起こったのだろう。それを理解するのに時間はかからなかった。一瞬にして暗くなり、身動きも満足に取れないこの狭い空間。


「ロッカー…?」
「当たり」


小声で発した声に光忠のささやくような返事が返ってきた。
まさか大人二人でロッカーに入ることになるなんて、何をしているのだろうか。そもそもなぜロッカーに入る必要があった。隠れる必要があった。
ガチャガチャと誰かが作業している音が聞こえる。誰かが突然来て驚いたけど、別に私たちがすぐに離れれば済む話だったのではないのか。


「っ!?」


腹部で何かが動いた。何かといってもその正体はすぐにわかる。光忠の手だ。
這うように動いたそれは背中に回り、すいっと私の背を撫であげる。

焦りで忘れかけていたが、今の自分の体の状態を改めて思い出した。そうだ、媚薬なんてもの盛られたせいで…。
ただ服の上から触れられただけなのに、必要以上に体が震えた。声は出していないが光忠が小さく笑ったのがわかる。


「ちょっと…!」
「いつもより感じる?」
「…っ」


自分の口を手で覆う。狭苦しい暗闇の中で光忠の手は器用に動き、首やら耳にも触れてくる。それだけなのに。媚薬のせいなのか、ロッカーの中で、誰かがいるのにこんな状態であるという背徳感にも似た何かのせいなのか。
それに加えて、目の前には光忠の胸があって、よく嗅いだこともある光忠の香りがすぐそばで香って来る。それすらも体や気分を高揚させてくるのだ。

手探りながらも光忠の手が私の顎を持ち上げ、覆っていた手が口から外される。あ…まずい。
危機感を覚えてすぐには口に柔らかい感触が降ってきて、それはもちろん光忠と私の間では何度も交わされてきたものであるけれど。
離れるも、またすぐに触れ合わされて唇が濡らされる。

声も出せず、暴れることもできない。
私と光忠が付き合っているのは事実だが、職場でこんなことをしている人間だと思われたくはない。だから、扉の向こうにいる誰かがいなくなるまでは何とか耐えなくては。それまでの我慢だ。耐えきった後に、光忠に平手でもグーでも喰らわせればいい。
そう思った矢先、扉の向こうでスマホの着メロと思われる音が鳴る。


「はい、もしもしー?ああ、うん。うん。え?ああ、大丈夫大丈夫。もう終業だし、今ロッカー室だから。うん、それでどうかした? …あ、そうなの?よかったじゃん!…うんうん、それで?」


私たち以外の誰かの声はそのまま通話が続くようで、相槌を打つ声が響く。


「…っ、ぅ」
「静かにね…?」


また囁くような声が耳のすぐそばで聞こえ、腰が抜けそうになる。静かにしてほしいならあんたがそれをやめなさいよ。そんな反抗すらもできない。
何も言えずにまた光忠のキスを受け入れる今の私は、どうかしている。頭がくらくらする。体も頭も沸騰しそうだ。まったく、媚薬なんてどこで手に入れたのだこの男は。

なんでこんな、ロッカーの中でこれだけ甘いキスをしなくてはいけないんだろうと思ったけれど、生憎と誰かさんの通話はまだまだ続きそうだった。






ALICE+