光忠の眼帯の下はいったいどうなっているんだろう。ふとそんなことを思った。

彼は日常はもちろん、手入れの時も眼帯を付けたままだ。
一度気になったらなんだかどこまでも気になってしまって、ふとした時に光忠の眼帯に目を向けるようになっていた。…気になる。
左目は綺麗な金色だけれど、右はどうなのだろうか。右目も同じなのだろうか。もしかすると異なった色なのだろうか。それが理由で眼帯をしているのだろうか。それとも…なにか傷のようなものがあるのだろうか。それを隠すために眼帯をしているのだろうか。
それとも…。彼は伊達政宗公が所持していた刀剣だ。政宗公は独眼竜の名で知られる隻眼者。元の主人の影響を受けて、眼帯を見に付けた姿で顕現したとも考えられる。

本人に訊いてみるのが一番早いのかもしれないけど、もし彼にとって見られたくない、知られたくないことだとしたらそれを訊くのは気が引ける。私は知ったところで誰かにそれを話したりするつもりはないけれど、それならさり気なくこっそり私が確認してしまえればそれでいい。
というわけで、最近、私は光忠の近くにいたり本丸内でそっと尾行したりして、眼帯の下を見る機会がないかを虎視眈々と狙っている。
光忠は太刀だから索敵がそれほど得意ではないので、今のところ尾行に気付かれてはいない。

朝からスタート、チャンスは彼が顔を洗うとき。



「おはよう光忠」
「ああ、おはよう主。ちょっと待ってね」



洗面台は一つしかないので私は光忠が顔を洗うのを待つ。
彼が顔から眼帯を外す。よしよし、さすがに顔を洗うのに眼帯を付けたままというのはあり得まい。
バシャバシャと水を顔に当てる音が何度か聞こえて、彼がタオルを取り顔上げる。すぐさま私は鏡を凝視した。光忠がタオルを顔に当てていて前髪を軽くかき上げるが…。



「……」
「はい、お待たせ主」
「うん、ありがとう」



見えない。見えなかった。なんで前髪をあげた瞬間タオルでうまいこと隠れるんだ。何食わぬ顔で光忠に頷くが、内心では地団太を踏んだ。

昼間は彼を出陣に出してしまうことが多いから、必然的に調査することはできない。もちろん本丸に残ってもらうこともあるが、昼間は特に眼帯を外さなくてはいけないような場面に遭遇しない。
後はお風呂に入る時、寝るときくらいしかないが、寝込みを襲うとなると私の人としての何かが失われる気がするのでしていない。お風呂の覗きも同様。他の刀剣たちにその時の調査をお願いしたこともあったが、なぜかそれもことごとく失敗に終わっている。お願いした刀剣たち曰く「うまいこと隠れてしまい見えない」とのこと。
光忠の眼帯は何なの?女子高生のスカートなの?鉄壁なの?



「光忠!」



そんな日々が続いていたから、さすがにそろそろ探求心が限界を迎えていた。あまり気が長いほうではない。



「主、どうしたの?」



光忠の背中を見つけて声をかけると、すぐに光忠はこちらを振り向いてくれる。少し驚いているのは、私が唐突にどたばたと音を立てて近づいて来たからだろう。



「主命です、その場から動かず少しだけしゃがんで!」
「え?あ、うん」



光忠に近づきながら命令を下すと、また驚いたようだけど従ってくれた。主命なんて使わなくても、光忠の場合お願いすればすぐに聞いてくれそうだけど、万が一逃げられたらと考えての主命だった。
光忠の目の前に到着し、少し肩で息をする私を光忠は不思議そうに見つめる。



「そんなに焦ってどうし、…っ!?」



光忠の言葉を遮り、私が手を伸ばしたのはもちろん光忠の身に着ける眼帯だった。
もう調査なんてまどろっこしい。いっそのこと実力行使だ。そう思ったのだけど。



「えええ!?なんで!?」
「いたたたた!」



なぜか光忠の眼帯は外れない。しまった、引っ張る方向がだめだったかと思って引っ張るベクトルを変えようとしたのだが、その前に光忠が私の手を掴んで外した。



「急にどうしたの…!?」
「いやむしろ光忠の眼帯がどうしたの!?完全に女子高生のスカートじゃない!」
「どういう意味!?」



なぜ引っ張ったのに取れない、見えない。
完全にJKのスカートじゃないか。鉄壁ガードじゃないか。決して覗くことを許されない聖域なの?世界の真理なの?



「最近本当にどうかしたのかい?本丸の中でも妙に後を付けられてるなとは思ってたけど」
「え…!」
「気づかないと思った?」
「思った…、太刀だし…」
「全部気付けてたわけじゃないと思うけどね」



まさか尾行をばれていたとは…。眼帯が外れなかったこともショックだが、ばれていないだろうと思って光忠の尾行をしていた自分が恥ずかしくなった。



「それで、用件は、」
「何でもないです仕事しますごめんなさい!」



実力行使もだめだったし、事情を説明するのもなんだかあまりにも理由が子供っぽいような気がして言えなかった。
一息に言いきった私は光忠に背を向けて、来たときと同じようにどたばたと執務室へ戻った。



*****



それ以降、少しだけ控えめになったけど、眼帯を外す機会がないかと密かに伺うことを続けていた。
光忠も恐らく気づいていると思うけれど、こうなったらもう気づかれていようと関係ない。理由は本人に言えないが、私は気になるのだ。

でも光忠の眼帯の外れなさ、あれはおかしいでしょう。ほんとになんなの。世界の真理なの?見たら通行料で体のどこか持っていかれるやつ?
そう思いつつ、今日も今日とて眼帯の下を見ることができないかと私は厨へ向かった。
光忠が歌仙と共に昼食の用意をしているところだった。



「ああ、主か。つまみ食いは許さないよ」
「歌仙ってば失礼。そんなつもりじゃないよ」



歌仙が私に気付くと同時に光忠もこちらを振り向いた。包丁を扱っていたためか、小さく笑ってまたまな板に向き直る。
さすがに何もしないくせに厨にいたら、ただ邪魔になるか。光忠の眼帯が外れる状況にもなりそうにない。そう思って退散しようと彼らに背を向けた。



「あ…」



ぷちん、と何かがはじけるような音がして光忠の小さな声が響く。



「どうかした?」



振り向いて私が声をかけたのは、純粋に興味関心があったから。気になったから。それだけだったのに。



「いや、ちょっと紐が」



そう言ってこちらを振り向いた光忠に、私はぽかんと口を開けてしまった。きっとさぞかしひどいアホ面を彼らに晒していることだろう。

だって…、こちらを見た光忠は眼帯をしていなかったのだ。
いや、していなかったというより外れてしまったと言うほうが正しい。彼の足元には眼帯が落ちていて、その紐はぷつりと切れていた。さっきの何かが弾けるような音は、この紐が切れた音だったのだとわかるまでに数秒かかった。
あれ…?なにこのあっさりと外れた感じ。JKの鉄壁スカートをどれだけ手を尽くして覗こうとしても無理だったのに、風でひらめいてあっさりパンチラした、みたいな。はて、今までの私の苦労とは?

光忠がしゃがんで眼帯を拾うのを見ていると、光忠の右目が見えた。
今まで一度たりとも見たことがないそこを見ることがようやく叶い、目的を果たしたことに喜ぶべきなのだけど。私は彼の右目というより、彼の顔を凝視してしまっていた。

あれ…彼の顔は、こんなに整っているのだっただろうか。
眼帯といういつも身に着けているものが無くなったその顔は、いつもとどことなく雰囲気が違っていた。目を奪われるとはこういうことを言うのかと、頭の片隅で思った。



「主、どうかしたかい?」



光忠が首をかしげてこちら見る。その視線にどくりを心臓が鳴る。急にカーッと体が熱くなってきて、どうしたいいかわからなくなった。



「な、何でもないです!お邪魔しました!」



慌てて踵を返した私は厨を飛び出した。
あれ?あれ…?光忠って…、あれ…?
光忠がかっこいいというのは知っていたつもりだったのに…、どうして眼帯が外れた光忠をこんなにかっこいいと思っているのだ私は。



その日以降、私は光忠を付け回すのをやめた。
もう眼帯の下を見ることもできた。だから彼を追う理由もなくなった。それだけのこと。なのに。



「ねぇ、主」
「なんですか光忠…」
「どうして最近僕を避けるの」
「避けてないよ…」



どうして光忠は私の後ろをついてくるのか。
最近ずっとそうだ。仕事の邪魔はされないまでも、本丸内を移動していたりするとどこからともなく現れて、こうして一定距離を保って後ろをついてくるのだ。



「できれば逃げないでほしいんだけどな」
「逃げてないよ」
「じゃあ止まって欲しい」
「それは無理」



光忠に背を向けたまま俯きがちに廊下を歩く。
逃げていない。逃げていないのに止まることはできない。光忠の顔を見れない。どうしてだ。その理由をずっと考えていた。でも、わからないほうがよかった。わかってしまった。



「主、お願いだから!」
「うわっ!」



手首を掴まれたと思うと勢いよく光忠のほうを向くことになってしまって、慌てて腕で目を覆った。
すると光忠が静かになる。



「…僕、ほんとに何かしちゃったかい?」
「ちが…っ、そうじゃ、ないけど…」
「視界に入れるのも嫌?」



まさかそんなわけがないので首を横に振るが、腕を外すことできない。



「主、」
「ううう、待って待って…!タイム!」
「残念だけど審判的に認められないかな」



待て、いつから光忠は審判になったんだ。審判に認めてもらえなかったタイムは却下となり、目元を覆っていた腕が光忠に掴まれる。
んぐぐぐぐ、とできる限り抵抗を試みるも所詮は人間の女の力。彼が付喪神であることを除いたとしても男の力に勝てるわけもなく。両腕共に光忠に掴まれた状態になってしまう。



「え…」



とっさに俯いたけれど、恐らく光忠は気づいたのだろう。驚いたような声を発したと思うと黙ってしまった。ちょっと、光忠まで黙ったらこの状況をどうすればいいの。



「え…、あの、主は、さ…」
「ごめん…。光忠は何も悪くないんだけど、今は…こういうの、ちょっと、心臓もたない…っ」
「あ、ごめん…!」



ぱっ、と光忠は手を離してくれたので私の両手は自由になった。思わずそのまま熱い顔を覆う。



「あの…、主」
「ごめんね光忠、何でもないの」



何でもないはずなのに。
そっと指の隙間から覗いてみて、私は目を疑った。光忠も顔を手で覆っていて、隙間から見える肌の色は赤かったから。
どうして、どうして光忠が…“光忠も”赤くなってるの。



「ううう…」
「主…」
「光忠がかっこよすぎて直視できないごめんなさい…」
「それは、ありがとう…」



そのまましゃがみ込んでしまったが、光忠も同じことをしたようでくしゃりと私の髪を撫でた。光忠は黙って私の頭をゆるゆると撫でる。
先日に見た鉄壁が外れたあなたが…、外れる前も格好良すぎることに今さら気づいた私はとても愚かだと思う。

気づかれたのかな。ばれたのかな。わからない。
どうかお願い、まだ気づかないでこの恋心を。



光忠の眼帯の下がどうなっていたかって?
そんなの、光忠がかっこいいっていうことで頭がいっぱいだったから綺麗さっぱり忘れちゃったよ!






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