机に向かってペンを走らせる。
政府へ定期的に提出しなくてはならない報告書を書かなくてはいけなかった。時折パソコンの画面を見やり、それまで記録していた出陣、遠征、演練のデータを確認する。
そんな事務仕事に向き合っていると、不意に肩に手が置かれた。集中していたこともあってびくりと体が震える。顔を上げてそちらを見ると、一期がいた。驚かせたことに対してか、申し訳なそうに眉を下げる彼に笑って見せる。時計を確認するとお昼の時間だった。一期が来たのは私を昼食に呼ぶためだろう。一期に頷いて立ち上がり、一緒に部屋を出る。
廊下を進んでいくといい匂いがした。それに伴ってお腹がきゅるきゅると空腹を訴えだす。


「いい匂いだね。なんのおかずだろう」


そう言ってみるも一期もメニューの内容は知らないらしく、なんでしょうねと首をかしげる。まぁわからなくても何も問題はない。ただ楽しみが募るだけだ。

廊下を進んでいくと、角から誰かが飛び出してきた。咄嗟に立ち止まると、粟田口の短刀たちだった。私を見てぱっと表情を輝かせる。彼らもこれから広間に向かうところだったのか、早く早くと私を急かすように秋田に手を取られる。
ありがたいことにみんなはとても私を慕ってくれている。一緒に行きましょう、というように私と一期の周りで嬉しそうにしている彼らを見るととても胸が温かくなる。
こういった彼らと私は何も珍しくはないけれど、しかしながら主に対して節度を守らずに馴れ馴れしくしてはいけないと一期は考えているようで、困ったように短刀たちをなだめている。でもそれだけではないような。ちらりと私を見た一期の表情から、理由がそれだけではないことは私もわかる。自惚れでなければ、一期は私と二人でいるこの時にもう少し浸っていたいのかもしれない。
一期と私は恋仲だけれど、終始一緒にいるわけではない。かといって二人でいる時間が全くないわけではないけれど、こうして私を食事に呼び、一緒に広間へ行くというわずかな二人きりでさえ一期は大事にしてくれるのだ。弟たちを邪魔もの扱いするわけではないだろうけど、もしかしたら、無邪気に私に寄って来てくれる彼らに少し妬いているのかなぁ、なんて自惚れてみたり。


「私もすぐに行くよ。みんなは、準備を手伝ってあげてもらえるかな?そうしたら早くご飯が食べられるよ」


私の言葉に納得したのか、各々頷いた彼らはぺこりとお辞儀をして先に広間へと向かっていった。再び一期と二人になる。一期の顔を見てみると、申し訳ないような嬉しいような、いろいろと入り混じった表情だった。


「一期」


もう。そんな顔しないでよ。弟たちに申し訳ないのかもしれないけれど。


「せっかくだからそこは、私と二人きりになれたことを喜んでよ」


そう言ってみると、ぱちぱちと瞬きした一期は少し照れたように微笑んだ。

もうすぐ昼食ができるから私も呼ばれたとはいえ、五十人以上もこの本丸にいるのだ。人数分の食器の準備や、おかずを盛る作業でさえそうすぐには終わらない。きっともう少し時間がかかる。
一期はそっと私の手をとると、そのまま自分のほうへと引いた。私も抵抗なんてしない。その力に任せて、一期の体へと自分の身をくっつけた。服の上からとはいえ、一期の胸に押し付けた頬から伝わる体温はとても温かく、響いている鼓動は心地よかった。
背中に優しく腕が回されて、私も少し体を動かして一期の背中へと腕を回した。一期の片手が頭に載せられ、慈しむようにそっと髪を撫でられる。

ふ、と耳元に空気が当たった。
くすぐったいと思ったわけでもなく、当たり前のように私は顔を上げる。近い距離にある一期と目が合うと、思わず笑みがこぼれた。


「うん。私も」


唐突に発した私の言葉を聞いた一期は驚いたようだった。
わからないと思ったのだろうか。そうかもしれない。間違っていない。私では、わからなくても仕方がない。


「私もだよ、一期」


でもわかったの。ちゃんと当たっていると思うの。
だって一期のこと、本当に、心の底から好きなんだもの。一期もきっとそうだって、思っていたいんだもの。そのくらい互いに通じ合っているなら、今のようにわかってもおかしくはないような気がするの。

一期はまた難しい表情をする。本人も、自分が今どんな表情をしているのかわかっていないのかもしれない。少なくとも私から見た今の一期は泣きそうだった。涙こそこぼれてはいないけれど。それでも不思議なことに、とても嬉しそうにも見えるのだ。そう、それこそ、嬉し泣きしてしまいそうな。
一期の頬に手を当てると、彼の手が重ねられて優しく握られた。とても嬉しそうに、感動したように一期が目を閉じると、目の淵に小さな滴が浮かぶ。その滴はこぼれることなく、そのまま一期の顔が近づいたと思ったら、こめかみに小さなキスが降って来た。少し驚いた。それでも、嬉しいという感情が我先にと出てくる。
一期の唇が柔らかく弧を描く。そこから、ゆっくりと一期の唇が動いた。私がわかりやすいようにゆっくり動かしてくれたのだろう。もうとうに何を言いたいかわかっているけれど。
うん。うん。そうだね。ありがとう一期。


「私もだよ一期。本当に」


一期は目元を赤くしながらも、微笑んで強く頷く。

世界の音が、一期の声が一切聞こえていなくたって。
自分の声すら聞こえていない私だけれど、大丈夫、わかっているよ。伝わっているよ。さっき耳元で何を言ったのか、ちゃんと私はわかっているよ。もし間違っていたなら教えてね。あなたの気持ちを正しく知りたいと思っているから。でも今は、きちんと正しく一期の気持ちが伝わったと思っていいのかな。
一期から私に伝えるための方法が、声ではないだけのこと。それでも一期は私に伝えてくれる。私もわかるのだから、それでいい。


『愛しています』


どうしようもないくらい愛おしそうに私を抱きしめてくれる一期は、きっとまた、さっきのようにゆっくりと愛を伝えてくれるのだろう。だから私は、一期には聞こえる私の声で、それに答えていけばいい。


―――
聞こえない審神者と一期。




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