その日の練習試合は午後からだった。
団体戦の先鋒で出された同田貫は早々に勝利をもぎ取り、次鋒へつなげる。中堅は腐れ縁の御手杵。次鋒戦も勝利をおさめ、次の御手杵もあっという間に勝った。

試合場から出て面を外した御手杵が、ふう、と息を吐いた。ついでに一言かけてやる。



「今日、やけに気合入ってたじゃねぇか」
「そうか?」



突きを二本も決めたりしてどう見ても意気込んでいた。首を傾げる本人だが、勝ったならそれでいい。
別に御手杵の気合いにいちいち文句をつける必要もないし、つける気もない。御手杵は普段どこか抜けた風なとこもあるが、試合となれば一気にやる気を出す奴だ。そもそも同田貫がわざわざ気合いなど入れる必要もない。もし見るからにやる気なさげであれば、そのときは殴ってでも気合いを入れてやるが。



「なんか、負けるわけにはいかないと思ったんだよなぁ」
「そうかよ。モチベーション上がってたんならそれでいい」



*****



週始めの月曜日は、気分的に体の動きが鈍る気がする。
秋になったとはいえ運動部というのは疲労と汗からは逃れられないもので、今日も今日とてスポーツドリンクでの水分補給が休憩中は欠かせない。

開け放たれた剣道場の扉から一歩外へ出て、ドリンクのボトルを煽る。隣で御手杵が同じようにしているのはいつものことだ。



「あっちぃー…」
「いちいちわかりきったこと言うな」



汗を拭いてもまたすぐにジワリと滲む。夏場ほどではないが、やはりまだ汗は大量にかく時期だ。



「同田貫、ちょっといいかー?」
「ん?うーっす」



顧問の教師に呼ばれ、タオルやらボトルを置いてそちらへ向かう。いってらっしゃいという意味でも込めているのか、御手杵はドリンクを飲みつつひらひらと手を振った。いらない見送りだ。

顧問の傍へ行き、なんすかと切り出すと、あーー!と後ろから御手杵の声が響いた。なんだと振り返ってみると、御手杵が申し訳なそうにこちらを見た。



「悪い…、同田貫のタオル濡れた…」
「はぁ!?」



しゃがんでいる御手杵は指先で同田貫のタオルをつまみ、もう片方の手でボトルを支えていた。それで状況を理解する。ふたを閉めずに置いていたボトルを、足がぶつかるなりして御手杵は倒してしまったのだろう。
こぼれたドリンクが同田貫のタオルを濡らしたというのは、びっしょりと重みを増しているように見えるタオルを見れば充分わかった。



「お、まえ何してんだ!」
「いや、悪い!わざとじゃないんだって…!」
「当たり前だろ!」



仮にでもわざとドリンクでタオルを濡らすなんて、部活中にあるまじき嫌がらせだ。
あー、大丈夫か?と顧問に言われ、我に返る。平気っす、と顧問へ用件の続きを促した。実際にはあまり平気な状況ではないが。
自分の動きに関してだったり、先日の練習試合での個人的なアドバイスなどを受けてさっきの場所へ戻ると、御手杵が申し訳なそうにしていた。



「一応、水道で洗ってきたからドリンクの匂いは…、ちょっとするな…」
「だめじゃねぇか馬鹿」
「ごめんって…」



差し出された自分のタオルからはまだほんのりスポーツドリンクの香りがした。匂いが消えていようといまいと、濡れてびしょ濡れになったタオルではあまり汗拭きの意味を成さない。
御手杵に悪気はなかったとはいえ、この後の練習を濡れたタオルで乗り切らねばならないと思うと少々嫌な気持ちだ。



「そうなると思ったから、これ、代わりのタオル」
「あ? …おう」



今一度差し出されたのは別のタオルだった。白い布地に黒いラインが入り、スポーツブランドのロゴが入っている、男なら持っていそうなよくあるデザインだ。
なんだ、気が利くなと遠慮なくそれを受け取り汗を拭く。御手杵の予備のタオルかと当然のように思った。だが使ってみるとなんとなく違和感を感じた。



「御手杵」
「ん?」
「このタオル、お前のか?」
「いや?違うけど。女子のやつ」
「…はぁ!?」



ここで、誰か他の男子部員からのだと言われれば自分はきっと納得したのだろう。
だが返ってきたのはまさかの女子からのレンタルだという言葉。そして気づくタオルの違和感。デザインこそ男ものだが、使ってみると何かしらの甘い香りがしたのだ。香水、いや制汗剤の類か、お菓子…はたまた女子特有の化粧品とも考えられるそういった香り。



「な…、なんで女子から借りたりしたんだよ!?」
「え、だってタオル二本持ってるって子がいたから、ちょっと貸してくれって言って…」



なんかいけないのか?と首をかしげる御手杵に、同田貫は頭を抱えた。
どこか抜けている。御手杵はこういう奴だ。こいつに気が利くなんて思った自分が馬鹿だった。

たしかに御手杵は「代わりのタオル」とは言ったが自分のだとは言っていなかった。女子がよく使うようなキャラクターものなどの可愛いデザインではなかったから、同田貫も何の疑問も持たなかった。しかしよりにもよって女子のタオルを使ってしまったとは。盛大なため息が漏れる。



「…誰から借りた」
「あそこのショートカットの子」
「壁際にいる奴か?」
「ああ」



もう一度ため息をついて、向こう側にいる女子部員たちのほうへ向かい、御手杵がタオルを借りたというその女子へ近づいた。

去年から同じクラスの顔なじみの女子だった。
少しだけその女子と会話をして、御手杵の所へ戻る。



「あれ、返さなかったのか?」
「男が汗ふいたタオルだぞ?そのまま返せるかよ…」



御手杵の馬鹿のせいでタオルを使ってしまったこと、女子のとは知らず既に自分が汗を拭いてしまったこと、洗濯してから返すということで話をしてきた。



「連絡先訊いて来たか?」
「ナンパじゃねぇんだ。はっ倒すぞ」
「いやそうじゃなくて。返すときに、その日返すからー、とか一報入れたりしたらスムーズに返せるんじゃないかと思っただけだ。タオル一枚とはいえ、荷物は荷物だろ?」
「……」



的を射た意見に妙に納得できてしまう自分がいた。
御手杵に言われてそれをするのは癪だったが、こちらが借りているという立場のためそのくらいの気遣いをしたほうが良いのかもしれないと思った。同田貫自身は細やかな性格でもないが、筋は通っている男だった。
部活の開始前に顧問から配られた、先日の練習試合の反省点をまとめたプリントを手に取り(御手杵のせいで)タオルを貸してくれた女子に再び声をかける。
少し控えめながら、どこか嬉しそうな声で紡がれる文字をそこにメモする。彼女の連絡先だ。

すぐに返せると思うが、返す日の前日に連絡入れたいから一応連絡先を教えてくれ。
今日帰ったらこちらから一報入れるから、迷惑じゃなければこちらの連絡先を登録してくれ、と。
わかったありがとう、と頷いた女子との会話を終え、男子のほうへ戻る。御手杵は他の部員とけらけら笑いながら話をしていた。
元はと言えばお前のせいだろうが。
貸してくれた女子にも、自分にもいろいろと手間をかける原因となった御手杵の背中には、怪我しない程度の蹴りを入れておいた。



(人気者の部活中)

お、連絡先訊いたか?

お前が人のタオル濡らしたおかげでな!

いってぇ!


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