朝からテンションの高いのんちゃんから、なんと、海斗ちゃんが同田貫くんとメアドを交換したという話を聞いた。 「昨日の部活でだって!二本持ってたタオルも役に立ったらしくて!」 「え、ってことはタオルを同田貫くんに渡せたってこと?」 「そうそう!そして話もできてメアド交換!すごくない!?」 教室で話をしているので少々声を潜めているけど、のんちゃんの声はテンションの高さがダダ漏れだ。でも気持ちはわかる。友達の恋路が少しでも発展したら、それは嬉しくもなるだろう。 そういう話を聞くのは私だって楽しいので、のんちゃんほどではないけど気持ちは右肩上がりだった。 ***** 海斗ちゃんが同田貫くんに片想い中だということを、のんちゃんから聞いた月曜日。 なんとなく、その恋を応援することはできないものかと考えていた。 無理やり二人をくっつけようとかではなく、せめて話くらいはできるような感じにしてあげられないだろうか。恋する乙女の海斗ちゃんを応援したかった。 でも私は、海斗ちゃん本人や同田貫くんとは大した接点がない。去年、一年生の時に二人とクラスが一緒だったというだけで。剣道部であるということくらいしかまともに知っている情報がない。手持ちの武器が少ない私が、恋の応援なんて迷惑なだけだろうか。授業中もそんなことを考えていた。 考えてみたものの、恋愛経験がない私の頭では少女漫画のようなベタな展開しか思いつかず。ボツ案ばかりが浮かんだまま昼休みへと入ってしまった。 お昼を食べ終えて、お弁当箱をバッグにしまう。 お節介かもしれないけど…、何かないかなぁ。 頬杖をついて考えている途中、ふと前方の席に座る広い背中が目に入った。考えるでもなく御手杵くんの背中だ。…御手杵くん? 急に思考が働き始める。すると購買でも行くのだろうか、御手杵くんが財布を持って席を立つ。 「ぁ…!」 反射的に私も席を立った。 何かを思いついた。でもどうしよう。まだ考えがまとまってない。でもたぶん今を逃したら言えない気がする。 教室を出ていく背中を追いかけ、慌てて私も教室を出た。 「御手杵くん!」 「ん?」 呼びかけに振り向いて彼は立ち止まる。小走りで駆け寄ると、呼び止めたのが私だとは思わなかったのか少し驚いたようだ。 「どうした?」 「ごめん、ちょっと大事な話があるの」 「え…、お、おう」 昼休みも半分過ぎているため、昼食を終えた生徒が廊下でだべっていたりしている。 ここで話すのは得策ではない。できるだけ他の人には聞かれたくない。恋の話は、いつでも秘密を守られなければならない。 「御手杵くん、こっち来て」 「うおっ」 制服の袖を引っ張り、廊下を突き当たりまで進む。その角を曲がると踊り場だ。 休み時間、ここの階段はほぼ使われないのでもってこいだ。 「で、急にごめんね、話があるの」 「…おう」 御手杵くんもどことなく真面目な表情で助かる。私としてはふざけた話ではないので、茶化されたりしたくない。 切り出そうとしたが、普通の声の音量で話すのは憚られた。人がいないとはいえ、なんとなくこの手の話は声を小さくしなければならないような。よくあるのが耳打ちという方法だけど、それをしようとして御手杵くんの背の高さに改めて気づく。 私の身長では、一九〇センチを超えている御手杵くんには背伸びしても届かない。がくりと出鼻をくじかれた気分になったが、別に伸びるだけが手段ではない。 「ちょっとしゃがんで」 「うわっ」 自分がしゃがむと同時にぐっと彼の腕を下に引くと、案外あっけなく御手杵くんの体は膝を曲げた。これで立っているときより少しはましになった。 「な、なんだよ…」 「あのさ、御手杵くんって同田貫くんと仲良いよね?」 「は…?同田貫!?」 どうしてそんなに驚いているんだろう。 「うん。部活のときとか、よく話す?」 「まぁ、うん、話すけど…」 「男子の隣で女子も一緒に部活してるんだよね?」 「そうだな」 「女子の二年生に海斗ちゃんって子がいるんだけど、わかる?」 「海斗…、ああ、わかる。ショートカットの女子だよな?」 「そうそう」 そこから手短に説明した。 海斗ちゃんが同田貫くんに片想い中であること、このことは他言無用であること、御手杵くんに少し協力してほしいこと。 「なんだよ、そういうことか」 「教室じゃ言えないと思って」 「まぁそうだな」 苦笑した御手杵くんは、で、どうするんだ?と続きを促す。 協力してくれると踏んでいいのだろうか。先ほど思いついたプランを話してみる。 「…、…で、御手杵くんがうまいこと海斗ちゃんからタオルを借りて、同田貫くんに渡すの」 「あー、なるほど。でもそれ、その子がタオル二本持ってなかったら無理だろ」 「大丈夫。海斗ちゃんは常にタオル二本持ちだって、のんちゃんが言ってた」 しかもそのタオルは同田貫くんに渡す機会がないかと準備されているものだ。今朝聞いたばかりの情報だから、きっと今日だってそのはず。 「それにしても、同田貫のタオル濡らすのかぁ…バレずにうまくいくかなぁ」 「御手杵くん、素でやりそうだからそこはあんまり心配してないけど」 「おい…。けど、気を逸らしてタオル濡らすって、言う程簡単じゃないぞ?」 「最悪、ほんとにわざとらしくてもいいよ。御手杵くんならそれも許される」 「今日どうした?出てくる案が過激だぞ…」 「女の子の恋を応援したいからね」 お節介かもしれないけど。少しでも、前に進めたらいいと思うのだ。 なんだかとても応援したくなったから。 恋をしている子がとても綺麗だと思ったから。 そんな姿を、いいなと、少し憧れたから。 「そういうもんなのか?」 「私としてはそういうもんなの」 御手杵くんは意外そうだった。しかしながら、でもなぁ…と渋る様子を見せる。 「俺、人の恋愛の手伝いなんてしたことないからなー…。ましてや仕掛け人って」 「…御手杵くん、メロンパン好き?」 「へ?ああ、好きだな。よく食べるし」 「購買の限定チョコチップメロンパンでどう?ただし、成功報酬」 「乗った」 「やった!」 上手いこと御手杵くんは一気にやる気を起こしたらしい。よし、交渉成立。 「決行は?」 「できるなら今日の部活で。どうしても無理そうだったら、明日以降で要相談かな」 「わかった。…けど、ほんとに俺に頼んでいいのか?」 「もちろん」 私にとって、剣道部に関与できるバイパスが御手杵くんだというのもあるけれど。 それ以上に、こういった頼み事は御手杵くんのような優しい人にしか頼めないだろう。実際御手杵くんは、茶化したり馬鹿にしたり、相手にもしないということをしなかった。最後まで真面目に聞いてくれた。 「御手杵くんじゃなかったら頼まないよ」 御手杵くんだから、お願いしたいと思うのだ。 黙った御手杵くんを不思議に思って見上げると、彼はぱちぱちとまばたきをした。 「そこまで言われちゃ、成功させなきゃなぁ」 そう言って口元を上げる。私も笑い返した。 「お願いね、実行犯」 「任せろ、首謀者」 仕掛け人協定として、互いの拳をこつりとぶつけた。 ***** 「そっかぁメアド交換もできたんだ、海斗ちゃんよかったねっ」 「ほんとにね!話すきっかけできただけでも、充分な進歩だよねーっ」 高めのテンションでひそひそ話という荒技をしつつ、チャイムが鳴りそうだったのでのんちゃんは自分の席へ戻っていった。他の皆も同じように席に着き始める。 ふと、前に視線を向ける。 それまで何食わぬ顔でスマホをいじっていた御手杵くんが、様子を伺うようにこちらに視線を向けた。 今の会話は、一応周囲に聞こえないように話していた。席が一つ分離れている御手杵くんには聞こえていなかっただろう。とはいえ人づてに聞いた私より、彼のほうがずっと詳細に結果を知っているはずだ。私とのんちゃんが何の話をしていたかは、もうわかっているのだろう。 「……」 「……」 目が合った御手杵くんと、お互いに小さく笑ってばれないようにブイサインをした。 (人気者は共犯者) やったね御手杵くん。 やったな委員長。 |