「ねぇ、明日ちゃんとお菓子持ってきてよ?」 「わかってるよのんちゃん」 本日は十月三十日。明日は三十一日。ハロウィンというイベントがある日だ。 元々日本で必須のイベントじゃないからそれほど興味があるわけではないけど、みんなとお菓子の交換をするのは楽しいから、毎年のようにささやかながら参戦してきた。本来はお菓子の交換をするというイベントではないというのはわかっているけれど。 明日はなんのお菓子にしようかな。 ***** 登校中にコンビニに寄って、お徳用の棒付きキャンディーを買った。たぶんほとんどが女子との交換になるだろうし、余ったら余ったでおやつにしよう。 先に購買へ行ってから教室へ向かった。 教室に着けばすでにお菓子の交換は始まっていて、早速のんちゃんから小粒チョコレートを貰った。袋を開けて、こちらもお返しに棒付きキャンディーを渡す。他のクラスメイトにもキャンディーを配りつつ、クッキーとかビスケットとかいろいろと貰ったのでコンビニ袋へと納めた。さすがに朝から貰ったものを全部食べようとは思えない。昼休みに食べよう。 席に着くと、先ほどキャンディーをあげたクラスメイトの男子がこちらにやって来た。 「あ、#月地#ー、オレさっき飴もらったのにあげてなかったな。オレの煎餅あげよう!」 「あ、どうもありがとう」 「甘いお菓子じゃなくてあれだけどな!」 「お煎餅だってお菓子だし、しょっぱいのがあったっていいよね」 「#月地#委員長、わかってんなー!」 お菓子を持ってきているのは何も女子だけではない。男子も割とイベントに乗っかってお菓子交換に混ざっている人はいる。もらったお煎餅を袋にしまい、まだまだ続くお菓子交換の声をBGMに読みかけだった本を開いた。 「…おはよう」 ふと、本に影が差した。 「え?あ、御手杵くん。おはよう」 御手杵くんが机の前にいて、ちょっと驚いた。 いつもと違い、彼の声はどこかローテンションな気がした。眠いのだろうか。それとも朝練で疲れているのだろうか。そう思っていると御手杵くんは机に肘をついてしゃがみ込んだ。以前、私の顔に紙ボールがあった時の謝罪を思い出した。 「あんたはお菓子の交換しないのか?」 「ああ、うん。御手杵くんが来る前に、あらかたの人とは交換しちゃったからね。さっきもお煎餅もらったし」 「…ふーん」 どこか気のない返事をされる。珍しいな、御手杵くんがあまり元気が無いように見えるのは。 しかし、何かを思いついたように御手杵くんがこちらを見た。 「なぁ、」 「うん?」 「トリックオアトリート」 「…え」 「トリックオアトリート、委員長」 途端にいつものように笑う御手杵くんの要求は、まさに今日というイベントにふさわしいものだった。 そうだった。ハロウィンは別にお菓子交換のイベントではない。御手杵くんが言った口上に対してお菓子をあげるのが本来だ。わかっていたはずなのに、その前提がすっぽ抜けていた。 「…あ、うん。オッケー」 本を閉じてバッグからキャンディーの袋を取り出す。 「グレープ、オレンジ、マスカットにストロベリーで味が四種類あるんだけど、御手杵くん、どれがいい?」 「んー、なんでもいい」 「そう?じゃあ…」 なんでもいいと言われてしまうと困るけれど、それならと袋に手を突っ込んでキャンディーを一本取り出す。なんでもいいならランダムだ。 私が取り出したのは赤い色をしていた。 「おめでとうございます!ランダムの結果、御手杵くんはストロベリーでしたー」 なんとなくのノリで言ってみると、御手杵くんは小さく吹き出した。 「よりにもよって苺かぁ〜」 「え、何でもいいって言ったのに!嫌いだった…?」 「いや、好きだけど」 「なんだ、よかった。はいどうぞ」 「ありがとう」 「あ、待って」 御手杵くんにキャンディーを渡すも待ったをかけた。また袋に手をいれて一本を取り出し、それを御手杵くんの手に乗せた。ランダムながら今度は黄緑色のマスカット味。 「ちゃんとトリックオアトリートって言われて、ハロウィン気分味わえたから。御手杵くんにはもう一本あげるね」 他の皆とはただただお菓子を交換するばかりで、決まり口上すらも忘れていた。でも御手杵くんに言われて思い出した。言われるとやはりハロウィンだなと少し楽しくなる。 ありがとうな、と御手杵くんは笑った。 ついでだ、昼休みに渡せばいいと思っていたけれど、あれも渡してしまおうかな。でもただ渡すのではおもしろくないかもしれない。そんなことを思った。 「ところで御手杵くん」 「ん?」 「トリックオアトリート」 「…へ?」 先ほど自分が言われた口上をそのまま御手杵くんに返した。ぽかんとしたお手杵くんは、少し焦ったように目を泳がせる。 「あ、えっと、俺はお菓子、持ってないんだよなぁ…」 「あれ、じゃあ悪戯かな」 「は?っ…!?」 御手杵くんの顔の前で、勢いよく自分の両手を合わせた。いわゆる猫だましだ。 突然のことに御手杵くんは反射で目を閉じた。むしろそうしてくれないと困る。 「御手杵くん、ちょっとだけそのままで待って」 「…このまま?」 「うん、目は瞑ってて」 目を閉じた御手杵くんを目の前にバッグに手を入れて、渡そうと思っていたものを取り出す。ささやかな悪戯心で、取り出したものを御手杵くんの頭に乗せた。 「はい、いいよ」 「ん…」 御手杵くんの目が開くとそのまま頭へと手が持っていかれ、私が乗せたものは大きな手に収まった。 御手杵くんの頭に乗せたのはメロンパンだ。購買で朝にしか売っていない、限定チョコチップメロンパン。 「この間の作戦、御手杵くんのおかげで成功したから。その成功報酬」 「ああ、あれか!」 先日、海斗ちゃんと同田貫くんをお近づきにしようという私のお節介に付き合ってくれた。 そのときに成功報酬でメロンパンを約束したのだ。御手杵くんの様子を見ると、彼自身はどうやら忘れていたみたいだ。 「悪戯って、これか?」 「そうだけど…。もっとリアルな悪戯のほうがよかった?」 「いや、それは困るからなぁ。これでいいよ」 「じゃあ悪戯成功だ。よかった」 「いいのか?こんなに貰って」 「それはもちろん。ハロウィンのためのお菓子だし、むしろパンは貰ってくれないと困るかな」 「そうか。ありがとな」 「こちらこそありがとう」 ただのお節介に協力してくれた。その後の彼らがどうなっているのかはわからないけど、何か進展があればのんちゃんから話が来るだろう。 しゃがんでいた御手杵くんは立ち上がると、私の前の席へと座った。この席の持ち主であるクラスメイトはまだ来ていないけど、自分の席へ戻らないのだろうか。 メロンパンや飴を私の机に置き、彼は私があげたストロベリー味のラベルをはがして口に入れた。不思議に思うけど、まぁいいかと私も飴を取り出してラベルをはがす。ランダムで出たのはマスカット味だった。 「はぁ、一限は数学かぁ」 「嫌なのか?」 「数学、あんまり得意じゃなくて」 「あんたにも苦手科目あったのか」 「そりゃ凡人だから苦手くらいあるよ。この間の小テスト返されるだろうし…点数低い予感がして」 「あれ、難しかったよな」 「長谷部先生の教え方わかりやすいから好きなんだけど、その分テスト難しいよね」 ちょっとした苦手科目への愚痴を言いつつ、もごもごとキャンディーの甘さを楽しむ。 御手杵くんが先日の作戦について、実行したときのことを話してくれた。どうやら同田貫くんが離れた隙に、わざとドリンクボトルを蹴飛ばしてタオルを濡らしたらしい。 「あ、結局わざとやったんだね!」 「わざとじゃないって。意図的な事故だ、事故」 「なるほど」 意図的って言ってるのにあえて事故と言うか。最悪の場合わざとでもいいと言ったのは私だから、別に責めるつもりもないけれど。実行犯の御手杵くんは非常にうまく事を運んでくれたらしい。 本当に感謝しないと。追加のお礼に、キャンディーをもう一本あげよう。 (人気者としゃべる朝) なんだか朝からとても楽しい。 |