明日はハロウィンだね。
教室ではそんな話題が上っていた。それはもちろん御手杵の耳にも聞こえている。
ハロウィン、そんなイベントもあった。



「ねぇ、明日ちゃんとお菓子持ってきてよ?」
「わかってるよのんちゃん」



後ろのほうからクラスメイトの女子二人の会話が聞こえた。どうやら彼女たちは明日お菓子を持ってくるらしい。なんだかそれが耳に残って、少しわくわくした。



*****



「御手杵、お前さっきからなにニヤニヤしてんだ」



部活を終えて着替える更衣室、同田貫正国からそう言われて御手杵は首を傾げた。



「え、俺、そんな顔してたか?」
「気持ち悪いくらいな」



辛辣に物を言う同田貫にひどいなと返しつつ着替えを進める。



「なんか楽しみなことでもあんのか?」
「ほら、明日ハロウィンだろ?」
「ああ、そうだな。…で?」
「でって…言われても」
「ハロウィンがそんなに楽しみなのか?」
「そりゃそうだろ?お菓子貰えるんだぜ?」



そう言ってみると同田貫は心底不思議そうな顔をした。



「お前、そんなにお菓子好きだったのか」
「いや、そこまででもないけど」
「…、もしかしてなんか取り違えてないか?」
「なにがだ?」
「ハロウィンはバレンタインとは違ぇぞ?」



言われてみて、それがすとんと胸に落ちた。
その通りだった。ハロウィンとはいうが恐らくはただのお菓子交換会になるだろう。自分は何を勘違いしていたのか。



「あ…そう、だな」



どうしてこんなにわくわくしていたのか。しかも同田貫に突っ込まれるほどにだ。
…なんでだ?
よくわからないままだったが、明日はハロウィンであって、それ以上に特別なイベントではないということはよくわかった。



*****



翌日の朝練を終えて教室に入ってみれば、案の定教室ではお菓子の交換会が開かれていた。もちろん持ってきていないクラスメイトもいるが、女子を中心にさまざまなお菓子が交換されている。それは徳用の小粒チョコレートだったり、クッキー、はたまた煎餅だったりとおしゃれな感じは全くなかった。高校生の買えるお菓子などそんなものだ。
ハロウィンの一番の醍醐味である仮装なんてのも当然ない。本当にただのお菓子交換だ。



「あ、#月地#ー、オレさっき飴もらったのにあげてなかったな。オレの煎餅あげよう!」
「あ、どうもありがとう」
「甘いお菓子じゃなくてあれだけどな!」
「お煎餅だってお菓子だし、しょっぱいのがあったっていいよね」
「#月地#委員長、わかってんなー!」



一部の男子もそれに乗っているようで、友人の一人が委員長の彼女へと煎餅を渡していた。どうやら彼は、委員長からお菓子をもらったらしい。

失敗したと思った。どうして自分はなにも持ってこなかったんだろう。登校中にコンビニにでも寄っておけばよかった。
こうも「お菓子の交換」という風になっていると、お菓子の入手には必然的にトレードという条件が付くことになる。元々積極的に参加するつもりなどなかったが、友人が彼女からお菓子を貰ったという事実が引っかかる。

扉の近くでずっと突っ立っているわけにもいかないので、自分の席へと向かう。席へ向かうときには、同じ列である彼女の近くを通ることになる。
普通に通り過ぎて、自分の席へ座る。バッグの中身を机の中へ移動して、軽くなったバッグを脇に引っ掛けてしまえばやることは終了だ。



「お、ギネ。おはよう」
「ああ、おはよう」
「お前にもオレの煎餅やるよ。ハロウィンだからな」
「おう。サンキュー」



友人から渡されたのは、先ほど彼女が貰っていたのと同じものだった。友人はまた別のクラスメイトへ煎餅を配りに行った。

頬杖を突いて、空いている手で無意味に煎餅をいじる。梱包されているビニール袋がかさかさと音を立てた。
落ち着かない。どうしたものか。



「……」



煎餅を置いて席を立った。
自分の席から机を一つ挟んで、その後ろへ向かう。先ほどは何も言わずに通り過ぎたその席。



「…おはよう」
「え?あ、御手杵くん。おはよう」



声をかけると、彼女は読んでいた本から顔を上げてこちらを見上げた。我ながら高身長である自分を見上げているのは大変だろうと思い、御手杵は彼女の机に肘をつけてしゃがんだ。
割と最近だが、掃除の時間に彼女の顔へ紙ボールを当ててしまったことを思い出した。あのときもこうして謝罪した。

あのときと違うのは、彼女は眼鏡をかけていないということ。髪形も以前とは変わったということ。



「あんたはお菓子の交換しないのか?」
「ああ、うん。御手杵くんが来る前に、あらかたの人とは交換しちゃったからね。さっきもお煎餅もらったし」
「…ふーん」



それはさっき見てた、とは言えなかった。言ってどうなる。言ってどうする。
やっぱり自分も何かお菓子を持ってくるべきだった。低めの声で相槌を打ちつつ後悔した。

だがふと考え付いた。
ちょっと待て。そもそもハロウィンはお菓子を交換するというイベントではない。本来は、仮装した子供たちが街を回り“お菓子を貰う”イベントだ。そこに交換の義務は発生しない。今この教室では、流れ的に交換がほぼ必須というようになっているだけで。
考えてみればそうだよな。交換は義務じゃない。…なら、



「なぁ、」
「うん?」
「トリックオアトリート」
「…え」



しゃがんだ自分より少しだけ高い位置にある目が、驚いたように開かれる。

そうだよ。こう言ってお菓子を貰うのが、本来のハロウィンだろ?



「トリックオアトリート、委員長」
「…あ、うん。オッケー」



もう一度言ってみると、我に返ったように彼女は本を閉じてバッグを漁った。取り出したのは、徳用の棒付きキャンディーだった。既に封が切られているそれは、交換したためかある程度減っている。



「グレープ、オレンジ、マスカットにストロベリーで味が四種類あるんだけど、御手杵くん、どれがいい?」
「んー、なんでもいい」
「そう?じゃあ…」



彼女は袋に手を入れ、手元を見ずにごそごそとした後キャンディーを一本取り出した。彼女の手には赤色のものが握られている。



「おめでとうございます!ランダムの結果、御手杵くんはストロベリーでしたー」



別におめでとうと言われるようなことではない。まるでクイズ番組のような言い方に、御手杵は小さく吹き出した。



「よりにもよって苺かぁ〜」
「え、何でもいいって言ったのに!嫌いだった…?」
「いや、好きだけど」
「なんだ、よかった。はいどうぞ」
「ありがとう」
「あ、待って」



赤い棒付きキャンディーを受け取ると、待ったがかかった。急いで去ろうと思っていたわけではないのでそのままの状態でいると、御手杵の手にもう一本キャンディーが乗せられた。
今度は黄緑色、マスカット味だ。不思議に思って目を合わせる。



「ちゃんとトリックオアトリートって言われて、ハロウィン気分味わえたから」



御手杵くんにはもう一本あげるね。

少し呆気にとられた。自分にはもう一本くれると言った。つまり他のクラスメイトには一本しか渡していないということだ。それが妙に嬉しい。
そう言って笑った彼女につられて、ありがとうな、と自分も笑う。



「ところで御手杵くん」
「ん?」
「トリックオアトリート」
「…へ?」



彼女は唐突に告げた。御手杵自身もさっき言った決まり文句だ。
トリックオアトリート。お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ。そんな日本語に訳される口上。

これはつまり、どういうことだ。御手杵はお菓子を持っていない。相手に渡せるものがない。正確に言えば、今は棒付きキャンディーを二本所持している。しかしこれはたった今、御手杵が相手から貰ったものだ。もしや遠回しにお菓子を返せと言われているのだろうか。



「あ、えっと、俺はお菓子、持ってないんだよなぁ…」
「あれ、じゃあ悪戯かな」
「は?っ…!?」



パンッと目の前に迫った相手の手が、叩き合わされる。猫だまし、とかいうやつだ。
人間に備わっている反射という防衛能力により御手杵は思わず目をとじた。悪戯って…、これか?
そのまま目をつぶっていろと言われ、ひとまずその通りにした。暗くなった視界ではごそごそと音がしている。それが止むと何かが自分の頭へと乗った。…なんだ?



「はい、いいよ」
「ん…」



目を開けると同時に、乗せられたものが何かを確かめるために頭へ手を持っていく。不安定に頭に乗っていたものを取ると、正体は菓子パンだった。それは購買で朝しか売っていない、限定チョコチップメロンパン。学内でわりと人気のものだ。

ぽかんとしながらメロンパンから相手に視線を移す。



「この間の作戦、御手杵くんのおかげで成功したから。その成功報酬」
「ああ、あれか!」



先日に仕掛けた、彼女の知り合い女子の恋路を応援するという作戦に協力した。そのときたしかに、成功報酬でのメロンパンに少なからず乗せられた自分を思い出す。



「悪戯って、これか?」
「そうだけど…。もっとリアルな悪戯のほうがよかった?」
「いや、それは困るからなぁ。これでいいよ」
「じゃあ悪戯成功だ。よかった」



されたのはなんとも小さい悪戯だと思った。というより最初に驚いたのは猫だましだけだ。悪戯という名目で成功報酬を貰ったのだから、結果として御手杵は得をしている。

俺、貰ってばっかりだな。



「いいのか?こんなに貰って」
「それはもちろん。ハロウィンのためのお菓子だし、むしろパンは貰ってくれないと困るかな」
「そうか。ありがとな」
「こちらこそありがとう」



先日の作戦が成功したことに対してのお礼だろう。

御手杵は立ち上がり、彼女の前の席に座った。この席の主であるクラスメイトはまだ来ていない。もらった苺味キャンディーのラベルをはがして口に入れる。
自分の席に戻らない御手杵に彼女は少し首をかしげたが、またランダムにキャンディーを引っ張り出した。黄緑色だ。ラベルをはがしたそれは相手の口へと入れられる。

どうやら数学が苦手らしい彼女の愚痴を聞きつつ、お互いに赤と黄緑の甘い味を楽しむ。
先日実行した作戦について、御手杵は自分がわざとボトルを蹴飛ばして同田貫のタオルを濡らしたことを言うと、結局わざとやったんだね!と彼女はおかしそうに笑う。

ああ。ここの席、いいな。
この席のすぐ前が御手杵の席だ。一つ分後ろにずれたところで大して変わらないだろう。寝てもばれなそうというわけでもないし、おそらくメリットはほぼない。
しかしながら、ふと苺味を食べつつ思ったことがあった。



(人気者は席を陣取る)

本来この席に座るクラスメイトよ、もう少しだけ遅れて来い。


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