「#美有#、なんかちょっと変わった?」
「え?別に何もしてないけど」



昼休みにのんちゃんと机を合わせてお弁当をつつく中、突然言われた。
私はどこかを変えた覚えはない。以前に眼鏡や髪形を変えて以降は特に何もしていない。
のんちゃんは水筒からお茶を飲みながら、私をじっと見てくる。



「なんか最近、可愛いなって思うんだよね」
「はい?何もしてないってば」
「いいや、絶対可愛い」
「基が悪いから、気のせいだよ」
「何言ってんの。あと絶対気のせいじゃない!」



のんちゃんは妙に力説してくるけど本当に心当たりがない。しかも変わったのが“可愛い”という方向なんて、余計におかしい。



「こう…うまく言えないんだけど、絶対可愛くなったと思うの。なんか良いことあったりした?」
「…や、別に、ないけど」
「うーん、そっか。でも絶対可愛くなったって」
「もうわかったからそんなに言わないでいいよ」



のんちゃんは腑に落ちないようだけど、またお弁当に意識を向けた。
良いことがあったりしたのか、というところで、実は少しだけ思い当たる部分が出てきたのは内緒にしておく。良いこと、でもないけど…。



先日気づいてしまったことがある。
知っている。この感覚。一度経験すれば小学生でもわかる。――恋だ。
御手杵くんが好き。でも自分から何かをするなんて考えられない。今までそういったことは何もしたことがない。
気づいたところで、どうしたらいいんだろう。

のんちゃんが私を可愛くなったなんて言うのはそのせいかもしれない。
恋をすると綺麗になる、というのはたまに聞くけれどそれだろうか。でも考えてみれば、たまに廊下で海斗ちゃんを見るときがあるけど、そのときの彼女はとてもキラキラしていて可愛く見えた。海斗ちゃんも恋をしているからだろうか。
鏡を見ても自分では全くわからなかったけれど、周りから見たらそんなに変わって見えるのだろうか。

絶対可愛くなったと思うんだけどなぁ、とのんちゃんはまたぽつりと漏らした。



*****



試験が近づく時期になったこともあって、放課後はぎりぎりまで図書室で勉強するようにしていた。
がり勉でもインテリでもないけど、少なくともまともな順位はキープしていたい。凡人の癖に底辺に落ちることは嫌う、そんなめんどくさい私のささやかな意地。

貸し出しカウンターにいる図書委員の人が帰り支度をし始めたのが見える。図書室が閉まる時間というのがわかったので、私もノートや教科書を閉じた。



昇降口へ向かう廊下の時点ですでに寒い。
下駄箱に上履きを入れ、ひんやりしたローファーに足を入れるとそこからぞくぞくと冷えが体を駆け巡った。しっかり巻いているはずのマフラーを、もう一度首へ密着させるように巻き直す。

この時期の外はもう暗い。道を歩く寒さに加えて、勉強したことによるエネルギー消費のせいかお腹が小さく音を立てた。思いついたら余計にお腹も空腹を訴えてくるというもので、欲求に従ってコンビニへと足を踏み入れた。ふわりと温かい風が顔に当たる。
とりあえず店内を一周して、雑誌コーナーにあるファッション雑誌を手に取ってみた。冬の可愛いコーディネートが特集されている。また今度新しい服を探しに行ってみようかな。いや、服は前に買ったからいいか。
そういえば、そのときに偶然会った御手杵くんがその服を選んだことを思い出した。
そうだった。あのときの御手杵くんのおかげで、私は少しだけ変われたと思う。

あんまり自分を下げるな。
私には私の良いところがある。
良いところもひっくるめて自分を評価しろ。

そう言ってくれた。すごく刺さった。まるで練習試合のときに見た突きみたいだ。
ぼんやりと思い出すと脳内の記憶映像は先へと進み、その先に言われたことが引っ張り出される。あれ、そのあとって…、



『眼鏡も合ってるけど、かけなくても可愛いんじゃないか?』



かっと顔が熱くなった。思い出しただけなのに。
ついその場でしゃがみ込みたくなったけど、店内でそんなことをしたらおかしな人だと思われるので耐えた。



「…うわぁ」



あのときも驚いたと言えば驚いたけど、今ほどじゃない。むしろ今のほうがまずい。私、そんなこと言われてたのか…。
思い出して一人で勝手に恥ずかしくなるなんてなんだか馬鹿みたいだけど、そうならずにはいられないのだ。今は、あのときと心境が違う。

顔から熱が引くの待ちつつ雑誌を棚に戻すと、前方のガラス越しに誰かが店前に来たのがわかった。そんなのはよくあることだから別に気にする必要もなかったのだけど、こん、と私の目の前でガラスが音を立てた。



「…えっ」



顔を上げてみればそこには御手杵くんがいた。私を見た御手杵くんはどことなく表情を明るくして、そこから離れる。でも彼は帰るのではなかった。
突然の遭遇で驚いている間に自動ドアが開き「いらっしゃいませー」と店員さんの声が響く。それを向けられた本人である、背の高いクラスメイトはこちらにやって来ていた。



「よう」
「あ、お、お疲れさまっ」



少しだけ声が裏返ってしまう。今の私にとって彼の登場はタイムリー過ぎて、心臓の鼓動が速まり始めた。



「部活、終わったんだね」
「おう。あんたは寄り道か?」
「うん。寒いから何か買って帰ろうかと思って」
「考えること一緒か、俺もだ」



どうやら御手杵くんも同じ理由のようだ。しがないお小遣いが減るのはつらいけど、何か温まるものでも買わないと帰り道すらもつらい。



「なんか見覚えある女子がいるなーと思ってさ。間違ってないとは思ったけど、#月地#で合ってた。何買うんだ?」
「あ、えーと、中華まんかな」



本当はまだ何を買うか決めていなかったけど、お腹も空いているし中華まんでいいか。私がレジへと足を進めると御手杵くんも隣へ並び、先に店員さんに声をかけた。



「#月地#は?」
「あー、どうしよう。ピザまんか肉まんかで迷うなぁ…」



私が迷っているうちに、御手杵くんはお会計を済ませて肉まんを受け取る。後ろにお客さんが並び始めていたこともあって、御手杵くんはお店を出ていった。それを横目で見つつ、挨拶できなかったなぁと少しだけ残念に思う。
いつまでも迷っているわけにもいかず、どちらも捨てがたいけどピザまんにした。

袋に入ったピザまんを受け取り外へ出ると、冷気で体が震える。



「あ、来た。おーい」
「え?あ…」



そのまま帰ったのだろうと思っていた。
でも私の予想と違い、御手杵くんは帰っていなかった。店前に設置された小さなベンチに座る彼は、こっちと手招きしていて。手招きする御手杵くんは、赤茶色と緑に彩られているマフラーに顎を埋めていて、鼻は赤くなっていた。

まさか、待ってくれていたのだろうか。そんな勘違いをしそうになった。
勘違いかどうかは置いておくとしても、それを訊くことはできそうにない。
呼ばれた手前無視することはできず、ベンチへと近づく。



「食べながら歩くのあれだし、食べてから帰ろうぜ」
「あ、うん…そうだね」



ベンチのど真ん中に座っていた御手杵くんは端に体をずらし、空いたスペースをぽんぽんと叩いた。座れということだ。どうせ私も食べてから帰るつもりだった。少しだけ躊躇いつつ、人ひとり分のスペースを開けてそこへ座る。

包まれた紙ラップを開くと白い湯気が立った。一口食べると、ピザソースとチーズの味が口に広がる。



「結局ピザまんにしたのか」
「うん。肉まんと迷ったんだけどね」



お互いに手に持ったそれは一口分ずつ欠けている。
少しだけ黙った御手杵くんを不思議に思っていると、御手杵くんは徐に肉まんを半分に割った。そしてその半分がこちらに差し出される。突然のことに、その手から顔へと目線を移す。



「ピザまん食べたくなったからさ、よければ半分交換してくれないか?」



あ、そういうことか。



「うん、いいけど」
「さすが委員長。話が早いなぁ」
「委員長関係ないからっ」



肉まんかピザまんかで迷っていた私としてはありがたい申し出だった。自分がかじったところを避けてピザまんを半分に割る。うまいこと等分できた半分を御手杵くんと交換した。



「ありがとう」
「おう」



両手に持った二種類が温かい。

交換したはしたけれど…。御手杵くんがくれたものと思うと、少々躊躇われた。御手杵くんだって自分が食べたところを避けて渡してくれたのだから、何も気にすることはないのだけど。なんとなく、気恥ずかしいような。でもせっかくもらったのだからと、冷めないうちに肉まんのほうから口をつけた。



「なんか、そうやって両手に持ってると食い意地張ってるみたいだな」
「な!?違うよ!そう言う御手杵くんだって同じ…じゃ、なかった…」



唐突に貼られたレッテルをそのまま返してやろうと隣を見たけど、御手杵くんは私のように両手を駆使していなかった。
片手で器用に二つとも持っている。制服の下に着たカーディガンの袖へと引っ込められたもう片方の手が、彼の余裕を強調していた。

反論が尻すぼみになった私に、御手杵くんはちょっと得意気に笑っている。妙な敗北感。



「あんたは手が小さいからな」
「私は普通だよ。御手杵くんが大きいだけ」
「そうか?」
「そうだよ」



言いつつひとまず肉まんを食べ終えたので片手が空いた。再びピザまんへと口をつける。割った部分から、少しだけひんやりとしていた。



「うん、ピザまんうまい。ありがとな」
「私も肉まんと両方食べれて嬉しい。ありがとう」



白い息を吐きながら笑う御手杵くんに私も笑い返した。個数としては一つ分だけど、両方を食べることができて嬉しい。

じんわりと顔が熱い。
少し赤いかもしれない顔は、寒さのおかげで気にされることはないだろう。ここに座ってから速まっている鼓動は、なかなか収まらないけれど。うん、すごく嬉しい。



(人気者と半分こ)

それが何よりの理由だ。嬉しすぎて、笑っちゃうね。


ALICE+