私のクラスには人気者がいる。



「御手杵ー! お前この間貸した漫画そろそろ返せよー」
「あ、悪い。明日持ってくる」
「ギネ、昨日のバラエティ見たか?」
「おお、見た見た!おもしろかったぜ!」
「だろ? 絶対ギネは気に入ると思ったんだよなぁ!」



御手杵くん。
クラスのムードメーカーで、他のクラスに友達も多くて、名前だけは知ってるもしくは見たことあるという人も多くて。そんな彼はいつもたくさんの友達に囲まれている。昼休みの現在もあのとおり、御手杵くんにかけられる声は絶えることはなくて、彼の人柄の良さが垣間見える。

そろそろ授業の準備をしようかと、読んでいた本にしおりを挟んで閉じた。どんなことを話しているんだろうと、聞こえてくる会話が気になっていたから、あまり続きは進んでいないのだけど。教科書やノートを出して準備を整えてから、眼鏡を外して汚れを拭いた。



「あ、委員長ー」
「もう、その呼び方やめてってば」
「ごめんごめん、なまえ。でもかっこいいじゃない」
「……好きでなったんじゃないよ」



眼鏡をかけ直せば、近づいてきた友達の姿が鮮明に映る。今度の話し合いの資料だけど、と彼女から渡された資料を受け取る。クラスの代表者の話し合いがあるとのことで、面倒だなと思いつつそのページをぺらぺらとめくった。



「あたしも代表者だから一緒に行くし、さらーっと目だけ通しといて」
「うん、ありがとう」



自分の席へ戻っていく友達を見送り、資料を机にしまった。視界の端には、まだわいわいとにぎやかに話している御手杵くんとその友達がいる。

彼のような人気者がいるということは、その対極に位置する人間も世にはいるというわけで。それが…きっと私に当てはまる。
彼のようなムードメーカーでもなく、クラスの委員長という肩書きはあれど人を引っ張るカリスマなんてないし、黒髪の地味な眼鏡女子。それが私だ。一応、勉強はそこそこ。スポーツは普通。何か特別な得意はないけれど、何か特別な不得手や欠点があるわけでもない。特徴がないことが特徴と言える、平凡で地味な人間。
それで大きな問題が起こったりしたわけでもなかったから、今まであまり気にしてはいなかった。でも御手杵くんと同じクラスになってから、自分の平凡さが少しコンプレックスになった。

だって、あれだけ眩しい人がいるんだもの。太陽が近くにいたら影は濃くなる。私という地味な人間が、妙に浮いて見えるのだ。昼休みの終了が近づいて、御手杵くんたちのグループはそれぞれ自分の席に戻っていく。



「あ、やばい……! ごめん、教科書忘れてきたみたいでさ、悪いけど見せてくれるか?」



私の席から一つ席を挟んで、その前の席に座った御手杵くんは、隣の女子に教科書を見せてもらえるように頼んでいる。彼の人柄はみんなから好かれているから、その子も特に嫌な顔せず了承していた。
でもきっと御手杵くん、寝てしまうんじゃないかなぁ。古典の授業はうつらうつらと背中が揺れていることが多いし、ましてや今は昼食を食べた後だ。余計に寝る可能性は高い。

チャイムが鳴って先生が教室に入ってくる。日直の号令に従って全員が席を立つと、御手杵くんの背の高さがとてもよくわかる。身体測定の時に、190cmを超えていたと男子が騒いでいたっけ。
着席して授業が始まると、早々に眠気に襲われたらしい御手杵くんの背中が揺れ始め、癖のある茶髪が少しずつ沈んでいった。



「じゃあここの現代語訳を〜、ぐっすり寝てる御手杵にやってもらうか」
「あ痛!?」



ぱこん、と教科書で頭を叩かれ飛び起きた御手杵くんがわかるわけもなく。



「あー……すいません、寝てたからわかんないです」
「そうだろうなぁ……。まったく、妙なところ堂々としてるからなぁお前は」



先生は呆れ顔ながらもそれ以上叱ったりはせず、あとでちゃんと復習しなさいと彼を許した。お調子者というわけではないけど、憎めないのが御手杵くんのいいところだろう。毒気を抜かれる、という感じだろうか。
先生が板書する現代語訳を見て、予習してきていた自分の訳の間違いを訂正する。黒板を見ようと顔を上げれば、自然と視界に入る背中。

懲りずにまた揺れ始めた広い背中を見て、私はつい笑ってしまった。



(人気者は眠気と格闘中)

御手杵くん、ちゃんと起きて。また先生が近づいてるよ。

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