掃除の時間というのは、短いながらも少々面倒な時間というのは私も理解している。委員長なのにって?

関係ない。一応、人並みに真面目な性格のほうだと思ってはいるけれど、面倒くさいという感情は普通に持っている。ちょっと手を抜きたいなと思ったりもするし、それは何も掃除に限ったことではない。そりゃあ私は地味な眼鏡っ子だけど、委員長だからという理由で、全てにおいて真面目に完璧にこなす人間じゃないのだ。

そもそもクラスの委員長になったのだって、自分から立候補したわけじゃない。ただ単に、じゃんけんで負けてしまったからというだけのことだ。しかしながら地味で真面目そうと見られる外見からか、適任だとまで言われてしまったのだから困りものだ。
自分の班が担当した場所の掃除を終えて教室へと戻る途中、小さくため息をついた。



「ねぇ、覚えてると思うけど、今日はクラス代表者の話し合いだからね」
「わかってるよ、のんちゃん」



同じ掃除班の友達から、ぽんと背中を叩かれた。
先日渡された資料には目を通していた。彼女もクラスの代表者として出席するので、一人ではないことが心強い。
じゃんけんで負けて委員長になった私を憐れんだのか、彼女は自ら副委員長に立候補してくれた。友達の鑑だと思う。
廊下を歩いて自分たちの教室前にたどり着く。教室の掃除ももう終わっているだろうと、私は何も思わず扉を開けた。



「ああっ!」
「いたっ!?」



扉を開けると同時に何かが目の前に迫った。それが何なのかを確認する間もなく、顔に衝撃が走った。反射的に目を瞑ったが、何かが床に落ちた音がする。



「ちょ、大丈夫!? 眼鏡飛んだし……!」
「……あ、う、うんっ」



後ろにいたのんちゃんからの声に頷き、大丈夫であることを肯定する。



「こらあんたら! 野球したいなら外行きなさいよ! というか箒で野球とか小学生!?」



のんちゃんの怒号からするに、どうやら教室掃除の担当だった男子が野球の真似事をしていたらしい。



「わ、悪い……!」
「うわ、御手杵ー、紙ボールとはいえ女子の顔に当てるとかないわー」
「な……! 俺だけかよ!」
「当てた御手杵筆頭に、野球やってた男子は全員謝りなさいよ」
「のんちゃん、私は大丈夫だよ」
「だめ」



視界がぼやけてよく見えない。紙ボールが当たって眼鏡が外れてしまった。のんちゃんが落ちた眼鏡を拾ってくれたので、割れたりしていないことを確認してからかけ直した。視界がクリアになると口々に、悪い……とかごめん……と男子が謝り、私は大丈夫気にしないでと返した。驚いたし、当たったところが少し痛いがすぐに治まるだろうし、怪我にすら入らない。



「悪い……大丈夫か?」
「うん、平気。大丈夫だよ」



最後に謝った、当てた張本人であるらしい御手杵くんは随分と心配そうな顔をしていた。大丈夫だし、当てたことはそこまで気にしなくてもいいけど、



「掃除は、ちゃんとやって欲しいかな」
「……悪い」



思い切りしょげたような御手杵くんを促し、終わっていなかった教室掃除を終わらせた。教室野球で使われていた紙ボールはもちろんゴミ箱行きとなった。

他の掃除場所に行っていた人たちも続々と教室に戻ってくる。
帰りのHRがあるので、みんなはロッカーから荷物を取り出し帰り支度を始める。私も席に付き例に漏れずそれをするのだけど、ふと机に影が差した。視界には見慣れた男子制服が映り込む。

見上げると御手杵くんが立っていた。ただでさえ彼は背が高いのに、今は私が座っているせいで余計に高く感じられた。
少し驚いた。彼とは話をしないわけではないけど、何か個人的な用事で声をかけたりすることは今まで特になかった。あくまでクラスメイト間における事務連絡的な会話がほとんど。さっきだってそうだ。



「御手杵くん、どうしたの?」
「さっきは、ほんとにごめん……大丈夫か?」



机に肘をついて、御手杵くんはしゃがみ込む。座っている私と、目線が同じくらいの高さになった。



「あ、うん。大丈夫」
「けど、顔に当たっただろ?」
「怪我したわけじゃないから」
「眼鏡も落ちたし……」
「割れたりしてないから平気へいき」
「俺たち、掃除ふざけてたし……」
「うん、それはよくないよね」
「だよな……」



心配と共に懺悔のようにぽろぽろと言葉をこぼす。ふざけていたのは事実だけど、その分誰よりも反省しているのだと思った。



「これからちゃんと掃除やってくれたら、それでいいよ」
「ペナルティー軽すぎないか?」
「じゃあ一週間私のパシリになるとかにする?」
「……それは重すぎかなぁ」



苦笑する御手杵くんにつられて私も笑う。



「ほんとに大丈夫だよ。ありがとう」



ありがとうと言ったのは、そこまで心配してくれてありがとうという意味だったが、御手杵くんは困ったように笑う。



「俺がお礼言われるのはおかしいだろ」
「そう?」
「そうだよ。加害者は俺なんだからさ」
「被害者が許してるし、加害者も反省してるから解決じゃないかな?」
「はは、そうだな」



ほんとにごめんな、と最後にもう一度謝罪して御手杵くんは立ち上がり、自分の席に戻っていった。

ふざけるところはあるけど、人としての根は真面目なのだと思えた。そうでなければ、人気者になどならないか。他人から好かれる人柄だというのはとっくにわかっていた。これからは、ちゃんと掃除をしてくれるのだろう。



(人気者は心が優しい)

そして少し戸惑った。あんなに近くで御手杵くんと話をしたのは初めてだった。

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