じゃんけんで負けたせいでなったとはいえ、委員長としての仕事はしなければならない。 言う程大きなことはしないのだけど、細々したことは割と多い。それは主に委員長の仕事と義務付けられたものではなく、先生からの小さな頼まれ事だったりする。 放課後の教室で、教卓の上に出されたノートとファイルの氏名をクラス名簿と照らし合わせ、提出のチェックをする。 「あれ……、なまえ?」 呼ばれて声の方向を見ると、御手杵くんが扉を開けていた。 「御手杵くん……。あれ、部活は?」 彼は剣道部に所属していて、HRが終わればいつも一目散に教室を出ていく。この時間はもう部活が始まっているはずだ。にもかかわらず、御手杵くんは制服のままで着替えてすらいない。 「今日は休みなんだ。剣道場の耐震強度の検査だかで、使えないんだよ」 「あ、そうなの?」 だからか。疑問が解消されて納得した。そのまま御手杵くんは教室に入ってくると、私の手元を覗き込む。 「何してるんだ?」 「生物のノートとプリントファイルの提出チェック。御手杵くん、出してないよ?」 「うわ、ほんとか……!」 御手杵くんは教室後方のロッカーへと走っていき、そこからノートとファイルを一冊ずつ引っ張り出した。置き勉しているのだろう。私も、普段課題が多くない科目は置いていることもあるけれど。 「これでよかったんだよな?」 「うん、オッケー。滑り込みで許しましょう」 目の前で提出されたノートには、男子らしい字で科目名と氏名が書かれている。それを受け取り、名簿にチェックを入れた。他にも何人か出してない人もいるけれど、その人達には先生から直接催促が来るだろう。残りのチェックを終えて、重ねたノートやファイルの山を持ち上げる。 「どこ行くんだ?」 「先生のとこに出しに行かないといけないの」 「……意外と大変なことやってるんだな」 「え? ……あ」 御手杵くんがこちらに手を伸ばしたと思ったら、その手は私の手からファイルとノートをごっそりと持ち去っていた。ファイルはすべてなくなり、ノートも三分の一ほどに減ってしまったことに呆気にとられていると、御手杵くんはさっさと扉へ向かっていく。 「え、あの、御手杵くん?」 「職員室行くんだろ? 手伝うぜ」 行かないのか? という声に促されて、追って私も教室を出た。 「あの、ごめんね。重いのに……」 「男からすればこれくらい重くないって」 「でも逆に私が軽くなりすぎてるというか……」 「いいんだよそれで」 申し訳なく思いながらも職員室に着いてしまったので、どうしようもなくなった。御手杵くんは完全に両手が塞がっているので、少ない量を持っている私が、片手にノートを抱えて扉を開けた。失礼します、から始まるお決まりの口上を述べて、生物の担当である先生の机へ進む。 「先生、ノートとファイル提出に来ました」 「あ、どうもありがとう。あら、御手杵くんも係だったっけ?」 「いえ、俺は手伝いです。先生、女子にこれだけの量頼んだらだめですって」 私の隣で進言した御手杵くんに、先生は面食らったように瞬きをした。 「あ、そう……ね。ついまとめてお願いしちゃったけど、たしかに大変よね。ごめんなさい」 「あ、いえっ」 「持ってきてくれてありがとう」 ノートとファイルを葉月先生の机に置き、用を済ませたので扉へと向かう。すると、こちらに気付いた古典の先生から声をかけられた。正確には、用があったのは私ではなく御手杵くんにらしい。 手伝ってもらっておいて私が先に出ていくのは薄情なので、扉の近くで待っていることにする。 「御手杵、お前この間の小テストがひどい点数だったぞー」 「え、けっこう埋めたんですけど」 「解答欄が埋まってるのと、答えがあってるかは別だってわかってるか?」 小テストの点数を見せられたらしい御手杵くんの背中から、げえ! っと大きな声が上がった。そんなにひどかったんだろうか。 「小テストでこんなんだと、中間試験が悲惨だ。赤点で補習になったら部活も出れないし、大変だぞ?」 「さすがにそれは困る……」 「そんなお前に先生から救いの手だ。特別プリント作ってやったから、これで基本を理解しろ。明日までに提出な。まぁ出さなくても構わんが、その場合は自分で勉強頑張れ」 「うえー……! 先生、それ厳しいって!」 「何言ってる。提出するかしないかの選択肢を与えた先生の優しさに感謝しろー?」 何枚かのプリントを渡されたらしい御手杵くんは、きっと困った顔をしてるのだと思う。でも先生が直々に目をかけてくれてるのだから、たしかに優しさではあるのだろう。 会話を聞きつつ待っていると、なまえ、と名前を呼ばれて顔を上げた。先生が手招きしている。……私? また何か仕事を頼まれるのだろうかと少し不満を抱きつつ近づいた。御手杵くんの隣へ立つ。 「なんですか?」 「御手杵の点数のひどさは聞いてたか?」 「え? あ、まぁ」 「先生としてもあまり生徒に赤点を取らせたくはない。悪いが、御手杵に教えてやってくれないか」 「ええ!?」 予想していた通り頼まれ事ではあったが、斜め上の頼みに思わず声が上がる。 「このプリント分だけでいい。御手杵が空欄全部埋めるのだけ手伝ってやって欲しい」 「ええ……でも、私そこまで得意ってわけじゃ……」 「そんなことないだろ。お前、いつも古典の成績いいぞ?」 「それはー……」 「考えてもみろ。御手杵が全部一人で解けると思うか?」 そう言われてちらりと隣を見上げた。何枚かのプリントを持った御手杵くんは、既にこの時点でだいぶ参っているらしい。軽く絶望したような彼と目が合った。 「……思いません」 「そうだろ?」 「先生、俺も人間だから傷つく……」 「だから少し力を貸してやってくれ。もちろん、お前の勉強に差し支えるようだったら見捨ててもよし」 「ひでぇ……」 「御手杵は隣にいるクラスメイトが自分にとって女神になるか否かを聞いとけ」 で、どうだ? と私に尋ねる先生は、あって無いような選択肢を提示してきた。 御手杵くんの成績はそこまで知らないけれど、恐らくなんとかぎりぎり平均に届くといったところ。赤点をとってしまえば部活に支障が出る。御手杵くんにとってそれは困るだろう。彼がいつも一目散に部活へ行くのは、それだけ熱心に取り組んでいるから。 そしてなにより、先生は私の勉強に差し支えるようだったら見捨ててもいい、なんて言ったけど、さすがにそこまで鬼にはなれない。うまいこと私の良心に訴えかける作戦かとわかりつつ、どうするかなんて選びようもなく。 「私でよかったら……」 「ほんとか!?」 隣で上がった大きな声に、苦笑混じりに頷く。 「よかったなぁ御手杵、よし、放課後やって明日までの提出頑張れ。今日は部活ないんだろ? 先生知ってるからな?」 「ぐっ……!」 「じゃあなまえ、御手杵の指導頼んだぞ」 「はーい……」 特別プリントに絶望した御手杵くんと、断り切れなかった自分に絶望する私。絶望二人はのろのろと職員室を出た。 (人気者は成績不振) 私もそこまで頭いいってわけではないんだけどな…。 |