土曜日にも部活をしている部がほとんどだ。

私は部活をしていないので暇ということになるが、ついだらけてしまう家にいるよりはと、土曜日は学校の図書室で勉強していたりする。息抜きに本も読めるし。私以外にも、勉強や本を借りるためなどの理由で図書室にいる人もちらほらいる。
お昼をまたいで一時間ほど過ぎているのに気づいたところで、ノートを閉じた。そのままぐいっと腕を前に出して伸びをする。今日はこのくらいで帰ろうかなと、机に広げていた道具をバッグにしまう。

校舎を出ていつも通りの家路を辿るが、途中でちょっと方向を変えた。せっかくだしウィンドウショッピングでもしていこう。制服のままだけど、まぁいいか。



街中のショッピングモールへ入り、エスカレーターに乗って適当な階で降りた。別に何かを買う目的があったわけではないし、見るだけ。学生の間は縁がないだろうと思われるジュエリーショップの前を通り過ぎる。
そのまま適当な角で曲がると、靴売り場や衣服売り場があった。ああ、服でも見て行こうかな。手前の靴売り場を通り過ぎる途中、そこに目立つ長身を見つけた。



「あ、御手杵くん……?」
「え? ……あ」



呼ばれてこちらを向いたのはやはり御手杵くんだった。よっ、と彼は軽く手を上げたので、一応私も手を振り返しておく。ただ手を振ってスルーというのも悪いので、半ば義務感でそちらへ近づいた。



「偶然だね」
「そうだな。買い物か? あれ、でも制服……?」
「ああ、今日は図書室にいたの。ちょっと寄り道しようと思って。御手杵くんは部活でしょう?」



彼はジャージ姿に大きめのエナメルバッグを肩にかけた、よくある運動部スタイルだった。断定した私の問いかけはすぐに肯定される。



「靴、買うの?」
「ああ。今履いてるやつ、もう寿命かなと思ってさ」
「ほんとだ……」



軽く上げられた片足が履いているスニーカーは、紐は切れそうだし、裏はすり減っているし、爪先に穴は開きそうだしでだいぶぼろぼろだった。御手杵くんは目に留まった一つのスニーカーを手に取る。



「何か買うのか?」
「ちょっとそこのお店で服でも見て行こうと思ったの。買うかはわからないけど」
「そっか。……これ、履いてみるかな」
「そのデザイン、かっこいいね」
「だよな。俺も気に入った」



靴のサイズを確認した御手杵くんは傍にあった椅子に腰掛け、試着を始めた。
この辺りで退散するのが妥当かなと考える。このタイミングを逃すと、御手杵くんが靴を購入するまで一緒にいるような流れになってしまう。御手杵くんの買い物の邪魔になるだろう。



「いいのが見つかるといいね」
「そうだな」
「じゃあ、私ここで」
「え? あ、うん。じゃあ」



またね、と挨拶をしてお店から離れる。まさか御手杵くんとショッピングモールで会うとは思っていなかった。

そのまますぐ近くのお店へ入り、ぐるりと服を見て回る。今はこういうのが流行りなのかと思いつつ、目に留まったデニムジャケットを手に取ってみた。……こういうの着たら、少しは地味さが払拭されて、アクティブに見えるだろうか。デザインは気に入った。サイズを確認し、どうしようかなと悩んでしまう。お財布には余裕があるけど、買っても着こなせるかが問題だ。



「よう」
「ひっ!?」



その場で佇み悩んでいると、ぽん、と肩に手が置かれた。突然のことに小さな悲鳴が出た上、盛大に体が跳ねてしまった。反射的に振り向くと、振り向くだけに留まらず首が上を向くことになった。



「お、御手杵くん……!」
「悪い、驚かせたか」
「あ、うん……。あれ……靴は?」
「もう買った」



目の前に持ち上げられた袋には、先ほどのシューズショップのロゴが入っていた。さっき履いたのにしたぜ、と嬉しそうに笑ったのを見て、驚いていた気持ちが落ち着いた。



「御手杵くんも服を買うの?」
「いや? こっちはなんとなく」
「あ、そうなの」



なんとなくとは言ったけど、それなら別にわざわざ私に声をかけなくてもいいのに。



「それ買うのか?」
「ちょっと迷い中かな。ちゃんと着こなせるか心配で」
「普通に着ればいいだろ」
「そうなんだけどね。できれば、地味に見えないコーディネートにしたいから……」
「……」



黙った御手杵くんに、しまったと後悔した。ついこの間、地味というコンプレックスを御手杵くんに漏らした自分を詰ったばかりだったのに。何をしてるのだ私は。
何も言わない御手杵くんにびくびくしつつ様子を伺ってみると、彼は周囲をきょろきょろしている。そして急に私から離れていった。…そのまま帰るのかな。また困らせてしまったと後悔していると、つかつかと御手杵くんはこちらに戻ってきた。



「ちょっと来てくれ」
「え……、うわっ!」



手首を掴まれて引っ張られる。連れてこられた先には試着室があった。



「ほら、入った入った」
「え、いや……」
「で、これ着てみろよ。俺もコーディネートとかよくわかんねぇけど、たぶんそのジャケットに合うから」
「ちょ……!」



あれよあれよと靴を脱いで試着室に押し込まれ、服の入ったかごを押し付けられ、そのまま扉が閉められた。ぽかんとしたまま首をひねる。……私、流され易すぎない?
御手杵くんの急な行動の訳がわからない。押し付けられたかごにはカラーシャツとボトムが一本。これ着ろって、これとデニムジャケットをってことだろうか。



「着たかー?」
「へ!? ……や、まだです!」
「んー」



すぐ近くから御手杵くんの声が聞こえて反射で返事をしたが、さっきと同じくらい驚いた。……え、御手杵くん、すぐそこにいるの?

戸惑いつつかごを置いて、制服に手をかける。一体何なのかよくわからないままだけど、大人しく従っておいたほうが良いのかもしれない。たぶん、着替えずに出たら怒られそうな気がする。そんな、凶悪犯に脅されているかのような心境で着替えを進めた。



「え、と、御手杵くん……?」
「ん? 着たか?」
「あ、はい……」



やっぱりすぐそこにいたのか、返事はとても速かった。そっと扉を開けてみると御手杵くんがこちらを振り向く。



「お、いいな。似合う似合う」
「……え」
「え、って。鏡見てないのか? 見てみろって」



とりあえず犯人の指示に従おうという心境で着替えたので、鏡を見ようという思考に至らなかった。後ろの鏡を振り返ってみて、呆気にとられた。
鏡には、地味さがまったくない活発な印象を受ける私がいるのだ。ボトムはすっきりと動きやすい感じが出ているし、シャツやジャケットとの組み合わせも悪くない。



「な、なんか……、誰!?」
「いや、自分だろ?」
「そ、だけど……」



再度御手杵くんを振り返ると、驚く私におもしろそうに笑っている。



「あんまり、自分を下げるなよ」
「え?」



不意に御手杵くんは真面目な表情に変わっていた。



「地味だって言ってもさ、あんたにはあんたの良いとこがあるんだ。良いとこもひっくるめて自分を評価しようぜ?」



まぁ、俺も人のこと偉そうに言えないけどな、と途端にくしゃりと笑う。

返事も相槌も打てなかった。黙って聞いているしかできなかった。それ以外に、どうすればいいの。こんな風に、私という特定の個人に対する彼の思うところを言われておいて。とてもとても、突き刺さるような助言をもらっておいて。



「ああ、あとついでに」
「わっ!」



目の前に迫ってきた手に目を瞑る。ついこの間のように、眼鏡が外される感覚があった。目を開けると少しぼやけて見える御手杵くんは、うん、と頷く。



「この間も思った。眼鏡も合ってるけど、かけなくても可愛いんじゃないか?」
「へ……?」



本人がさらりと言った割に、これまたざっくりと何かが刺さったような。
今の一言は聞き間違いだと思いたい。今日の御手杵くんは、まったくよくわからない。



(人気者の言葉が刺さる)

着た服は全部買うことにした。ついでに、自分の中でひとつ決心もした。

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