月曜日、いつも通りの時間に学校に着いた。
早くなければ遅くもない。本当にいつも通り。誤差はおそらく一分以内。別にそれは意識してそうしたわけではないけれど。時間くらい、いつも通りでいい。

昇降口でローファーから上履きに履き替え、階段を上って廊下を歩き、教室へ向かう。家を出てから視界は良好。風が吹いて少しだけ髪が揺れた。朝の賑やかな教室の音が今日はよく聞こえる気がする。バッグのストラップを握り直し、いつものように扉を開けた。



「おはよう、のんちゃん」
「あ、おはよ……、……え!?」



扉に近い席に座るのんちゃんがいるのもいつものこと。
でも、のんちゃんが私に向ける表情はいつものではなかった。ひどく驚いた顔。私の名前を呼びつつ、え、え? と近づいてくる。その反応に、近くにいた何人かの友達も私に気付いて目を見張る。



「え! ちょっとなまえ! 眼鏡は!? イメチェン!?」
「うん、まぁ」
「へえええ! 髪も今までと違ーう、似合ってるね!」
「ありがとう」



のんちゃんに言われて、素直にお礼を言う。少し照れ臭い。

眼鏡を外した。それは一時的なものではなく、日常的な意味で。代わってコンタクトレンズを着用している今の私は、外見的には裸眼と同じだ。髪形も変えた。美容室に行き、今まで地味に見られる大きな要素だった部分を変えた。我ながら思い切ったと思う。私の場合根っこはそれなりに真面目だから、決して派手にはなっていないのだろうけど。それでも今までの私からすれば、充分すぎるほど大きな変化だった。

友達の反応がどうなるかとてもびくびくしていたものの、のんちゃん以外の女子たちも、似合ってるね、とか可愛い! 思い切ったね、と言ってくれた。それにほっと息を吐く。



「それにしても急だね。何かあったの?」
「うーん、ちょっとね」
「そっか。なんかほんと、劇的ビフォーアフターって感じ。あ、ホントの私デビューってやつかな」
「そのフレーズ懐かしいね!」



何年か前にテレビCMで聞いたことのあるフレーズについ笑ってしまう。でも、少し違うかもしれない。ホントの私、なんて言っても、どれもこれも私であることには変わらないのだ。
のんちゃんとの会話を終えて席に着くと、何人かの男子がまとまって教室に入ってくる。朝練があった運動部の人たちだろう。運動した後のテンションゆえか、一気に教室が賑やかさを増す。



「はぁー、あっつい……!」
「おお、ギネ。朝練お疲れ。一限寝るなよー」
「無理だー。運動した後に一限が生物とか、寝てくださいって言われてる気しかしないぜ」
「また葉月先生に当てられるぞーお前」



そのまとまりを見ると、いつものように輪の中心に御手杵くんがいた。タオルで顔を仰ぎながらみんなと話している。私も、彼が寝るのではないかという男子の発言に一票だ。朝練がなくてもうつらうつらとしている時があるし。



「あれ……?」
「どうしたギネ」
「え、あいつ……」



教室の喧騒を聞きながらバッグの中身を出して机にしまっていると、足音が近づいているのに気づいた。それに気づいた時には「おい!」という少し大きめの声が頭上から降ってきて体が跳ねた。見上げると、声の主は御手杵くんだった。



「あ、御手杵くん、おはよ、」
「あんた、なまえだよな……!?」
「え、そ、そうです、けど……」



見上げていた御手杵くんがその場にしゃがみ込むと、ぐんと低くなったせいで今度は少し見下ろす形になった。驚いたような、興味津々なような、こちらを観察するように御手杵くんの表情は変わる。……変に思われているのだろうか。女子からは好評だったけど男子から見たら、おかしい感じなのだろうか。
不安に駆られる。なんだかいたたまれなくて俯くと、御手杵くんが覗き込むようにしてきたのだから急に心臓が音を立てる。



「あ、あの……」



何か思うところがあるなら早く言って欲しい。
似合ってない、変だ、やっぱり地味。その他言われる可能性のある言葉をあらかじめ考えつつ、ダメージ軽減のバリケードを内心に築く。すると納得したように御手杵くんは頷いた。



「なんだよ、すごい似合ってるなぁ」



思っていたのとは真逆の言葉が飛んできて、はた、とまばたきをした。



「思い切ったな。コンタクトにしたのか?」
「あ……、う、うん」
「あれ、目に物入れるとか痛くないのか?」
「私もまだ慣れてないけど、痛くはないよ」
「へぇ〜。あ、今の髪形も似合ってるな。自分でやったのか?」
「まさか。美容室に行ったんだよ」
「だよなぁ、でもあんた自分でできそうだけどな」
「さすがに無理だよ」



そっか、と笑った御手杵くんはしゃがんだまま私に質問を投げかけてくる。

昨日の日曜に眼科行ったのか?
そうだよ。裸眼じゃ全然見えなかった。
俺にはわからない感覚だなぁ。
裸眼で両目2.0は爆発すればいいよ。
それこの間も聞いたけど、ひどいこと言うなって。

ぽんぽんと言葉の交換をして、御手杵くんは立ち上がった。HRの時間が近づいている。



「じゃあな」
「うん」



緩く手を上げて自分の席へ向かう御手杵くんを見送り、途中だったバッグの中身を片付けた。

教室の喧騒も徐々に収まっていき、チャイムが鳴って担任の先生が入ってくる。そしていつものようにHRが始まって、先生が連絡事項なんかを話していく。その内容を聞いてはいたけれど、なぜかそわそわして落ち着かなかった。

――なんだよ、すごい似合ってるなぁ。
――あ、今の髪形も似合ってるな。

さっきの御手杵くんの言葉が、頭の中を回る。似合ってると言われた。ついでに言えば“今の髪形も”似合っていると。以前の髪形も、似合うと思ってくれていたのだろうか。そこまでの意味があったかはわからないけど、少なくともつい二日前までの私を否定されるようなことは言われなかった。
いい意味で変化したとはいえ、以前の自分を否定的に見られるのは、少し傷つくから。
今も以前も私は私。それをわかった上で褒めてくれたような御手杵くんの言葉は、なんだかとても嬉しかった。



(人気者は言葉をくれる)

今日はいい日になりそう。

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