剣道部の練習試合を見てからの月曜日。
登校の途中でのんちゃんに会ったので、一緒に道を歩く。



「女子のほうはあんまりちゃんと見れなかったけど、勝つってことは海斗ちゃんも強いんだね」
「中学の頃からけっこう強かったよ。同田貫もだったな」
「え、同田貫くんも?」
「ああ、同田貫とも中学一緒とかじゃないよ?剣道やってた友達経由で名前は知ってたけど」
「へぇ」
「御手杵の名前も聞いたことあったよ」



スポーツをやっていると学校が違っていても、練習試合や大会などで名前を聞くのだろう。学校に着き、昇降口で靴を履き替える。



「でも同田貫も御手杵も、中学の時はあんまり成績残ってないんだよね」
「え……、どうして?」
「上には上がいたってのもあるけど、同田貫は評価が低かったみたい。御手杵は、部員数が多い学校にいたからかもしれないけど大会で見たことほぼなかったなぁ。中三の最後くらいかな、強い選手がいて名前見たら御手杵だった」



強かったのに評価されなかった。実力はあったのに出番がなかった。それを聞いて、なんだかひどく悲しいことだと思えた。



「今はそんなことないけどね。大会とかであの人たちいい成績残してるし」
「……そうなんだ、知らなかった」
「同田貫が実力発揮して活躍して、海斗ちゃんも嬉しいみたいだし」
「え?」
「あ……」



廊下を歩きながらさらっと言ったのんちゃんの言葉に、私は少し首をひねった。のんちゃんはしまった、といった風に少し焦っている。今の言い方だと。



「海斗ちゃんは、同田貫くんに矢印向いてる、とか?」
「あはは、お察しー……」



のんちゃんは困ったように笑った。どうやら私の予想が当たっていたらしい。海斗ちゃんと同田貫くんとは去年クラスが同じだったが、二人とそんなに深い交流がなかったし、まったく知らなかった。



「なまえなら二人とそんなに交流ないから言っても大丈夫かな」
「うん、まぁそうだけど」
「一年のときかららしいんだけど、同田貫ってあれでしょ?」
「あれって?」
「恋愛とかに興味なさげな感じじゃない? なかなか話しかけにも行けないみたいでさー」



なるほどと納得した。たしかに、同田貫くんはそういった色恋に興味なさげだ。実際にはどうなのか知らないけど、雰囲気はそんな感じがする。

海斗ちゃんは恋する乙女であるとわかると、なんだかうずうずしてくるのは私だけだろうか。そういった話は少しでも長く聞きたくなる。私が二人と接点が多くないせいか、のんちゃんも隠そうとはしていないらしい。教室に着くなり私の前の席を借りて座り込み、朝から本格的な恋バナをする気のようだ。しかも他人の。



「お近づきに協力してあげたいんだけど、あたしも同田貫と直接の接点あるわけじゃないからさ。剣道部でもないし」
「部活は男女同じ剣道場なんだよね?練習試合のときみたいに」
「そうそう」
「えーと、同田貫くんへ貸してあげる用のタオルを持っていくとか?」
「ベタ過ぎない? 少女漫画じゃないんだから。タオルなんか同田貫本人だって持ってきてるに決まってるじゃない」
「そっか……」



こういう話を聞くのは好きだけど、お付き合いや恋愛経験が皆無な私はまともな案もアドバイスも出ない。見てるだけの片想いばかりだったし。
のんちゃん曰く、海斗ちゃんは少々恥ずかしがりやであるらしく、それもあって同田貫くんと話す機会に恵まれないらしい。



「でもね、海斗ちゃんもあんたと同じ考えなの」
「っていうと?」
「そういう機会がないかな、っていつもタオル二本持ってるんだって」
「私、海斗ちゃんと仲良くなれそうな気がしてきたよ」
「一回、部活中にがつんと声かけてみたらって言ったんだけど『周りの男子から冷やかされるかもしれないし……同田貫くん、そういうの嫌がりそうだし』って返されたの」
「健気…! かわいいね!」
「でしょ!? ほんと健気!」



相手に気を遣っているのか。優しいなぁ。そしてその健気さを人づてに聞いてとても感心している。恋する乙女はとても可愛らしい。
話しているうちにぞくぞくと人が増えてきたのでこの話は終わりになった。恋の話はいつでも秘密が守られなければならない。そんな暗黙の了解があるのは私もわかっている。
のんちゃんが自分の席に戻って行くと同時に、朝練の運動部組の人たちが入ってきたので一気に教室が騒がしくなる。

話に夢中で机に乗せたままだったバッグを片付けていると、とんとん、と机の隅が叩かれた。音源は机に置かれた大きな手だ。



「……御手杵くん!」
「おはよう」
「お、はよう」



小さく机を叩いたその手を辿ると、相も変わらず背の高い御手杵くんがいた。驚きで声がつかえたがなんとか普通に返せただろうか。朝練上がりで暑いのか、制服の上着を手に持った彼は机に手を置いたまま笑った。



「土曜日、練習試合にいたよな?」
「あ……、うん。いたいた。のんちゃんに誘われて」
「ああ、そういえばあいつ剣道部に知り合い多いんだっけか。たまにいるな」
「御手杵くんの試合、見てたよ。すごいね」
「そうか?ありがとな」
「御手杵くんは突きが得意なの?」



訊いてみると御手杵くんは少し目を丸くした。深い意味はない。土曜日の練習試合では、少なくとも私が見た団体戦では二本とも突きで取っていたから、得意なのかなと思っただけで。



「まぁ、な。他のよりは得意だな」
「そうなんだ。得意な技で一本とれると、なんだか嬉しいね」
「そうだな!」
「おーい御手杵、こないだの漫画の続き持って来たぞ」
「あ、サンキュー」



男子に呼ばれた御手杵くんは、じゃあな、と自分の席へ向かう。
御手杵くんはとても嬉しそうだった。褒めたのが良かったのだろうか。私は素人だし「すごい」なんて安直すぎる一言でしか表現できないけど、それでも喜んでもらえるなら何よりだ。

クラスメイトだから挨拶したって不思議はない。御手杵くんの席は私の二つ前だから、私の近くを通るのはいつものことだ。



(人気者が来る前の朝)

でもどうして、わざわざ私に挨拶をしてくれたんだろう。

ALICE+