『私ねぇ、死なないの。そういう身体だから』
ある時は他愛の無い話として。ある時は言い訳として。ある時は別段意味もなく。何度も何度も繰り返し聞いてもう耳にタコでも出来ているんじゃ無いかと思ってしまうぐらいには、聞いていた。
今僕の目の前にはぐったりと瓦礫に背を預けた彼女の姿があった。おいおい、話に聞いてたにしてはこんな終わり方、あんまりじゃないか?
▽
「………ここ、は、」
「目が覚めたかよクソアマ」
「ざっぷ、私………」
「血達磨になってたとこを番頭が見つけて回収したんだ」
怪我人の部屋なんてことは一切気にせず、ザップは慣れた手つきで葉巻に火をつけた。吐き出された紫煙は甘い匂いがしてちょっと心地良い。このままもうひと眠り出来そうだ。そんなことを思いながらウトウトしていると、こちらに気づいたザップがそのまま寝ちまえと、私の視界を右手で塞いだ。
「そろそろ番頭が来るだろーから寝てた方が身の為だぞ?あの人が珍しくポーカーフェイスと無縁な顔してたからなァ」
ああそれはマズイね。小さく返すと彼のお気に召したのかゲラゲラ笑いながら部屋から出て行った。今すぐこの部屋から私も出たい。……意外と身体は動かせる。随分と回復してきたようだ。これならいけるかもしれない。
▽
「今すぐこの部屋から私も出たい、とか思ってたかい?」
「すいませんすいませんそんなことは微塵も思ってねーですごめんなさい」
「反省したフリをしてるのはこの口かな?」
「いたたたたたたほっぺた引っ張らないでくださいスティーブンさん!」
結局あの後暫く脱出を試みたけどあえなくタイムアップ、窓の格子に足をかけたまさにそのタイミングに我らが番頭スターフェイズ氏がご到着されたのだった。
「私不死身だから死にませんよ」
「……………」
耳にタコだ、とでも言いたげな顔で彼は私を見下ろした。きっと数秒後にはいつものお説教が始まるんだ。私の方こそ耳にタコだ。そんなこと言ったって事実なんだからどうしようもない。
戦う術はないけれど、この身を使えばひと1人くらいなら守れるんだ。使わなくてどーするの。繰り返し同じことを主張してきたけどそれはそれ、これはこれだろ!と聞く耳を持って貰えなかった。それが彼の大義であり優しさなのかもしれないけれど、きっと私のこの気持ちは、戦う術をもつ貴方には一生分からないのかもしれない。
「僕はね、ナマエ」
「いつものお説教なら聞きません」
「まあ最後まで聞きなさい。正直に言うと君の身体に傷がつくこと自体はそんなに心配してないんだ」
いつもと違う路線のお説教?彼の雰囲気は確かに怒っているのに、表情が和らいだからなんだか調子が狂ってしまいそうだ。私が対応しきれずにあわあわしていることなんてお構い無しにスティーブンさんは言葉を続ける。
「僕はね、自分の欲に忠実な男なんだ」
「ライブラ第一男が何を仰るんですか」
「それもひとつの僕のエゴだよ。でね、身体は傷がついても治るかもしれない。けれど、治る過程で痛みに苦しむ君を見たくないし、そんな君を見て僕の心が傷つくんだ」
「それは……」
いつの間にか繋がれていた私の右手とスティーブンさんの左手は、確かに血の通った温かさを備えていて血が流れていく度に鼓動している。
「わかるだろう?君は『誰も傷つけないために自身を犠牲にする』と言ったはずなのに、結果僕を傷つけるんだ。今まで、そして戦い方を変えないのであればこれからもね」
「ずるい言い方をしますね」
「狡い男だって今更知った?」
そういって私を覗き込む顔はなかなかのしたり顔で、さっきの仕返しとばかりに頬をつねってやった。
ああもう本当にずるいひとだ。ばか。
▽
帰りの車。すっかり陽は落ちてしまっていて、流れていく街灯は助手席ですよすよと眠っている彼女の頬を優しく照らしていた。
一体どうしたらこんな自己犠牲的な人間が生まれるっていうんだろう。しかもそんな、女性とは言い難い程に幼い彼女を愛してしまうとは、恋慕の情とは末恐ろしいものだ。
彼女の、真っ当な人間であれば死体とも呼べる姿に何度も遭遇した。一度や二度なんてもんじゃない。その度に僕は肝が冷えるを通り越して、心臓が止まる、そんな思いで走った。年齢もそこそこいくおっさんが?一回り以上離れた女抱えて?想像しただけで情けなくなってきた。
「情けないのは、守れなかったことかな。」
僕の心中を知ってか知らずか、彼女は変わらずすやすやと眠りこけていて、腹が立ったので信号で止まってすぐ頬にキスをお見舞いしてから頬を柔くつまんでやった。すてぃぶんしゃんいひゃい……と寝言で唸る彼女。
今日も明日も生きてる君に、僕は多分生かされてる。そんならしくないことを思いながら、間抜け面の眠り姫を起こさないよう、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。