「ナマエまたね」

そう告げても彼女は一向に顔を見せてくれなくて。なあ俺、そんな姿見ちゃったら行くに行けないよ。いつもみたいに笑って、いつもみたいに「気をつけてね」って言ってくれよ。結局最後までナマエが顔を上げることはなくて、俺は後ろ髪引かれる思いで促されるままその場を後にした。ミシェーラの元へ帰れば透き通った瞳で「おかえりなさい、お兄ちゃん」と暖かく迎え入れてくれた。俺は嬉しくて、抱きしめたまましばらく動き出すことが出来なかった。

神々の義眼を失った俺の視力は元のものに戻ったのだけど、やはり見なくても視えていた・・・・・俺からすれば視界がぼやけるというか、視力が落ちたように感じてしまう。そんな生活に慣れるのも思いの外早く、帰国から二週間が経とうとしていたある日。俺の元には一通の封筒が届いた。宛名欄にはずいぶんと見慣れたスマートな筆記体で書かれた「スティーブン・A・スターフェイズ」の文字。俺は何事だろうかと中の便箋に目を通す。

やあ少年。その後元気にやっているかい?こちらは相も変わらず事件ばかり起こっているよ。さて、俺はそんな世間話の為にこんな手紙を送ったわけじゃない。実はナマエのことだ。君が帰国した翌日から姿が見えないんだ。ライブラの情報を探るべく行われた誘拐の線や、何かのトラブルに巻き込まれ死んだ線も考えたが、ライブラは特に打撃を受けていないし、彼女のものと思われる死体はあがってないんだ。君なら彼女の行き先に思い当たることがあるんじゃないのかい?……ひと月もしない内に呼び戻して申し訳ないが、こちらに一度戻って来てくれないだろうか。連絡をまっているよ。

ナマエが消えたという事実に冷や汗が背中を伝う。焦燥感に飲み込まれて準備無しに家を飛び出しそうになったけど、ミシェーラが「まだ何か入ってるわ」と呼び止めてくれたことでそれは回避出来た。中から出て来たのは日付指定済みのチケット。しかもHL行きだ。スティーブンさん、どこまで用意周到なんだ。連絡をするまでもなく、俺のHL行きは決定していた。

「おにいちゃん」
「ミシェーラ、ごめんな、兄ちゃん…」
「いつまで既婚の妹にべったりするつもりなのかしら?」
「……へ?」
「もう私は十分お兄ちゃんに幸せにしてもらったわ。次はお兄ちゃんが幸せになる番よ。……いってらっしゃい!」

その科白の抑揚が、両膝に置かれて強く握られた拳が、その頬を伝う涙が、全てが俺の心を苦しくさせる。それでも俺は行かなきゃならない。俺にはもう一人幸せにしたい……しなきゃいけないひとがいるから。





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結果だけ言えば、ナマエが行方不明ってのはとんだデマだった。スティーブンさんが一人で画策したことだったらしい。俺は気疲れした身体を懐かしいライブラのソファに深く沈み込ませた。その向かいではナマエがソファの端にちょこん、と申し訳無さげに座っていたのがちょっとおかしくて、俺は苦笑気味に「大丈夫だよ」と伝えて彼女の隣に改めて沈み込んだ。

「ミシェーラちゃん、よく来るの許してくれたね」
「許すどころか追い出されたよ、半ば強制的に。次は俺が幸せになる番なんだとさ」
「え?」
「…ナマエ、俺が帰ってから散々だったらしいじゃん。そんなに俺がいなくて寂しかった?」
「ばっ……か!そんなんじゃないよ!」
「へぇ?じゃあ俺やっぱり帰ろうかなぁ」

そういって立ち上がるとくん、と弱く引っ張られる感覚に襲われた。隣を見れば上目遣いで半べそのナマエが「いいいいいかない、で……ください。」と弱々しくつげた。あんな手紙が突然来て心配のあまり本気でハゲるかと思ったし。俺以外の男に泣かされてるの見てちょー怒ったし。感情の振れ幅がすごくて疲れたし。本当ざんざんだったけど……その可愛い泣き顔に免じてキスだけで許してあげてもいい、かな?


どこにでもあるようなありふれた「さようなら」で君を泣かせる僕は天才?




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