※ぬるい表現あり注意。
「ナマエちゃん、影山と喧嘩でもしたの?」
「へっ?!いやっあのっ、っその……」
「したんだね……わかりやすいなぁ」
休み明け早々菅原先輩から突然のお呼出しを受けた。見慣れない3年のクラスに来て唐突にかけられた問いには、大いに思い当たる事があった。けれど、なんで先輩がそんなこと言うんだろう。なんで知ってるんだろう。
「朝練すごかったよ。もうあの気で人……というか日向殺せるんじゃないかな」
「あー……」
不機嫌丸出しだったのですね、影山くん。一体全体何の為に私が朝練休んだと言うんだ。出来れば知られたくなかったなぁと思うものの、過ぎた事はどうこう出来るわけではなく。私がすいませんでした、と謝罪を告げれば「ナマエちゃんが直接何かしたわけじゃないだろ?」と先輩は言う。そうですね、直接、ではないですね。私が何か話さなければと口を開きかけたところで非情にもチャイムが鳴り響いた。いけない、昼休みが終わってしまう。
「……ナマエちゃんさ、放課後また来れる?」
「へ?」
「俺学級日誌書くからどうせすぐ部活行けないんだよね。書きながら話聞いても良いかな」
ぽかーんとする私に念を押すように「良いよね、ね?」と言った先輩は、私の背中を階段まで押していく。ああ今すごく気を使わせてしまっている。でもここで行かない選択肢を選べば、今以上にもっともっと気を使わせてしまうんだろう。私は苦渋の決断の強いられたような顔で、分かりました、と告げるほか無かった。
さようなら、と日直の声が響いた事で私は現実に引き戻された。先輩のクラスに向かわないと。私は鞄を肩にかけて席を立とうとした。……けれど、くん、と後ろに引っ張られる感覚に襲われて再び着席してしまった。何事かと背後を見れば、不機嫌丸出しの影山君がそこにいた。
「あー確かに殺せそう」
「……何の話だよ」
「別になんでもない。鞄離してくれる?私先輩のとこ行かなきゃなんだけど」
「は?お前もしかしてまだ怒ってるの?」
ま だ お こ っ て る の ?
影山君の言葉に流石の私も我慢ならなかった。裏拳よろしく影山君の左頬に左手が食い込んだ。突然のことと彼女に殴られたショックで塵となった様子の彼を置いて私はさっさと教室を後にした。
「うあわぁー…それ絶対痛いヤツじゃん」
「痛くしましたからねそりゃあ!」
ぷんすか怒っている私の横では相づちを打ちながらもしっかりペンを進める菅原先輩の姿。机に突っ伏した状態で盗み見た先輩の指先はとっても綺麗だった。ふと"あのこと"を思い出して頬がうっすら熱を持った。もうやだしんでしまいたい。
「で、なんで影山と喧嘩したのさ?」
「そ、れはっ……」
「まあ、大方予想はできてるんだけどね」
そういって先輩の指先が私の髪を一房持ち上げた。何事かと思って先輩を見れば、苦笑気味にやっぱりね、と漏らした。やっぱりって、なんですか。聞きたいけど聞けない。私も大方予想が出来てしまった。
「アイツも性格がわるいね。多分後ろの方だから気づかなかったんだろうけど、ついてるよ、キスマーク」
「ああああああもうあの馬鹿……!!!」
ことの発端は日曜日だった。毎週部活が無い日は影山君の家で彼に勉強を教えていた。赤点でも取られて部活に出れないなんてことになっては困るから。私はマネージャーとして、彼女としてその責務を全うしようと、毎週毎週彼が理解出来るまで教科書見開き1ページに向き合っていた。けれど、どうやら彼はそれだけが目的ではなかったらしい。昨日は珍しく「今日両親いねーんだよ」と前置きをされて、それをへぇ。の二文字で流してしまった。本当ならここで気づけた筈なのに!今更だけど後悔の二文字が頭の中を占領していく。
「ああやっぱり美味しくいただかれちゃったわけね」
「ひゃああ違います未遂です!未遂!」
そう、結局それは未遂に終わったのだ。突然背後から抱きしめられて耳を齧られた私は突然出た高い声に、一瞬恐怖を感じた。自分の知らない自分の声に、自分の知らない影山君の一面。そこにわずかに走ったチクリとした痛みが合わされば、私がパニックになってその場を後にしたのも仕方ないと言える。影山君が追ってくることは無かった、そりゃそうだ。だって彼、確かにたっていたもの、何がって、ナニが。
「影山相当ショックだったろうなぁ……」
「だだだだってびっくりしたんですもん!」
「そういうことしたいって思った事はないの?ナマエちゃんはさ」
「は、ひ?」
「影山は今此処ではとても言えないような事も含めてナマエちゃんとしたいんだよ」
だからこそ、あのストイックなバレー馬鹿が告白したんじゃないのかな?そう言った先輩の顔は酷く優しくて、何より確信めいた顔をしていた。私は此処ではとても言えないあれこれが頭をかすめて顔に熱が集まる。ああもう先輩意地が悪い。伏せていた視線を上げると隣の席にいたはずの菅原先輩はドアの前まで言って早く入りなよ、と誰かに声をかけていた。誰って、そんなの分かり切っている。
「お前さぁ、女の子には優しくしなきゃ駄目だろ?っていうか次の日学校なのにキスマークなんかつけるなよ」
「……ウス」
「まあいいや。あとは二人でちゃんと話なね。俺は先部活行ってるから」
「悪かったよその……怖がらせて」
「!影山君……」
「っでも!お前が悪いんだぞ!!」
「……はぁ?!」
「俺ん家来る度に無防備な格好で来るし無防備な態度見せるし!部活では日向のボゲにまで愛想ふりまくし!!見てるこっちの身にもなれよボゲ!!!」
初めて聞いた彼の本音に、私の目尻からは一筋の涙が流れた。私はこんな彼を知らない。昨日見た猟奇的な彼も、嫉妬してくれる彼も、ここまで愛してくれていたことも、何も知らなかった。えぐえぐと嗚咽を漏らす私を気遣っておろおろとハンカチを差し出す彼は確かにいつもの彼なのに。私はたまらず彼にすがりついた。お前話きいてなかったのかよ?!!と叫びつつもしっかり受け止めてくれた影山君は、きっと今頃脳内で本能と理性との狭間で一生懸命戦っているのだろう。
「……すこしだけ、」
「あ?」
「少しだけ優しくしてくれるなら、良いですシても」
「……っばーか!」
もう十分優しくしてるだろ。ストイックな彼らしいまっすぐな回答だった。あれで優しいって、君どんだけ破廉恥なことを私としたいって言うんだ。でも少しぐらいならいいかなと思ってしまう私も大概破廉恥なのかもしれない。暫くの沈黙を肯定と都合良く取ったであろう彼は、満足げな顔で私の首に吸い付いて、そして。