「ダイスケーー!!鳴ってる!!」
「言われなくても分かってらぁ、よっ!」

 タイミングを見計らってようやっと湯切りした麺を手早く器に盛っていく。玄関前には未だ気配があるが、インターホンが鳴ったのは最初の一度きりだ。海苔を差し込んだ所で緊張を解き、ようやっと一歩先の玄関の鍵を開けた。悪いと謝ったところで、事情を察していて何より大輔の人となりを長年見てきた彼女のことだ。数分待たされた程度じゃ「何を今更」とけろりと返すだけである。ブーツを脱いだ彼女は勝手知ったる様子で手を洗い始める。手拭きタオルの場所なんて、教えなくても勝手に引っ張り出すだろう。
 先に卓につくと、最初に出来上がっていたラーメンをブイモンがずるずると啜っていた。今日は年越しだから蕎麦にでもするか……なんて思ったが、ナマエたっての希望により、急遽今年最後の晩餐はいつものラーメンと蕎麦用に買っておいた天ぷらという、なんともちぐはぐなものになってしまったが、それこそ誰も気にしない。それどころかブイモンは蕎麦からラーメンになった事を喜ぶ始末だ。ダイスケのラーメンすきなんだ!とストレートに言われてしまえば、もう白旗を振らざるをえない。

「ダイスケ、ナマエの来る時間の……算数?だけは上手いよねぇ」
「ブイモンうっせぇぞ!せめて数学って言え!」
「そこは計算でいいんじゃないかな?」

 少し笑いを含んだ声の主はコートを定位置にかけ、荷物もおろし、すっかり寛ぎスイッチが入っている。ブイモンはナマエ!と嬉しそうに抱きついて未だラーメンを食べ始められない彼女に最近あった出来事をあれこれ喋りだす。

「それ後でにしろよブイモン。麺伸びちまう」
「あっ、ごめんなナマエ」
「ほんとに主人に似てるわね、ブイモンは」

 ふは、と我慢しきれず漏れた笑いは、いただきますの合掌と共に麺に啜られ消えてゆく。 あ、笑った。少し麺が伸びたんじゃ、と心配したが、今日も良い出来だったようだ。俺はその表情に満足して、先に片付けられるものを片付けにキッチンへと戻る。洗うのは俺、拭くのはブイモンの分担だが、今日はナマエが来てくれているので俺だけで済ませることにした。
横目に二人の様子を窺うと、ナマエは器用に咀嚼の合間にブイモンのお喋りに相槌を打つ。うんうん、それで?ブイモンはどうだった?なんて。あの様子だと、俺が戻る頃には最近の出来事なんて限られたネタは出尽くしているだろう。話そうと思っていた笑い話を頭の隅に追いやり、いつも通りの今日は泊まるのか、明日はどう過ごすかを尋ねようと、洗い物のペースを上げる事にした。





 時刻は23:30を少し過ぎた辺り。ナマエは年越しを俺達と過ごすと決めていたようで、今は持参したルームウェアですっかり寛いでいる。散々お喋りに身振り手振り騒いでいたブイモンも、今ではすっかり夢の中だ。じゃれついたままのブイモンをナマエからひっぺがして布団に転がすと、雑だなぁ……と、言葉とは違って楽しげな声が小さく聞こえた。

「で、大輔からはないの?」
「なにって?」

 一体何のことを指しているのかが分からない。見当もつかないので反射的に質問で返してしまった。頬杖をついていた彼女の目は予想外、とでも言いたげにまん丸になっていた。何のことかと暫く唸っていたが、大輔、と囁くように呼ばれて顔をハッと彼女に向けた。今にも溶けていきそうな柔い笑みを此方に向けられて、思わず心臓が止まりかけた。

「ブイモンから最近のこと沢山聞いたの。でもそれはブイモンの目で見て、感じて、思ったことじゃない?」

 だから次は、大輔の言葉で教えてよ。
 そう言われた俺はようやっと質問の意味を理解して、ああそうだナマエはこういうヤツだった、なんて一人ごちる。ほとんど代わり映えしない内容の筈なのに、先程よりもうんと楽しそうに喉を鳴らす彼女に本日二度目の白旗を上げた。来年もきっと俺はコイツに敵わないんだろうなぁ……そんなことを思いながら、年を跨いた事にも気づかず俺たちは喋り続けていた。


両手に白旗




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