任務もなくこれといった予定もない、私にとってはごくありふれたなんてことない1月1日。四月に彼らと出会ってから約8ヶ月。これまでの人生では知り得なかったことをたくさん教えてもらった。今まで私が忙しいなぁと感じていたのはイベント事のある時期だと知った時は、表情筋豊かな五条くんに「ハァ?」と呆れられた。
 何かを楽しむ、という娯楽的感情が欠落していた私にとってはまさに未知の世界だったのだから、これからはそれらが当然に在ることがなんだかむず痒くも嬉しい。あわよくば来年も再来年も高専のみんなと、この当たり前を噛み締め、分かち合えたら良い。そんな風に思えた。
 そんな想いに耽っていたら、窓の鍵を閉めた時にカーテンを閉め忘れていた事に気づく。通りで寒いわけだ。重い腰を上げて窓際に近づいた。その瞬間。

「ナマエ行くぞ、乗れ」
「………はい?」





「たたたたた、高い………」
「大丈夫かい?気分が悪くなったら言ってくれていいからね」
「お前、普段任務で高低差なんて如何ってことなさげなのに、何をそんなビビってんの?」
「自分の意思があるのと無いのじゃ別物だよ!」
「五条暴れないで、狭いし煩い」
「何で俺だけなんだよ?!!」

 まだ辺りは真っ暗な中、高専一年生一同は夏油くんの呪霊に乗って何処かへ向かっていた。行き先を知らないのは私だけ。乗り慣れないことも相まって、思わず夏油くんのコートを掴む手が力んだ。五条くんの機嫌が更に降下した気がするけど、そんなのに構う余裕はこれっぽっちも残ってない。何故か他の二人はゲラゲラと笑っている。笑ってないで助けてほしい。

「硝子、今何時?」
「ん、丁度良い時間じゃない?」

 ガラケーの画面で一瞬だけ光が灯ったが、それはすぐに消されてしまった。何故、と顔に出ていたのか、硝子ちゃんに「勿体無いからだよ」と不思議な返答をされて更に謎は深まった。んん?と悩むポーズで手を離した私を逃さんとばかりに首根っこを五条くんに引っ張られて、あれよあれよと私の身体は彼の膝上に落ち着いてしまった。

「急に引っ張ったら危ないよ五条くん」
「お前落ちても死なねーだろ」
「失敬が過ぎるな?」

 軽口を叩きつつも、御三家様を背もたれに出来るなんて、呪術界のみんなが聞いたら卒倒しそうな貴重な体験を有り難く享受する事にした。しばらくして五条くんは、程よい温もりにうとうとし始めた私を後ろから優しくゆすって顔を上げるよう促した。
 ゆるゆると瞼を持ち上げて彼の指した先を見ると、生まれたての優しい光が姿を表し始めていた。

「う、わぁ………すごい、綺麗」
「日の出って言うんだぜ。知ってた?」
「ううん、初めて見た、綺麗、素敵」
「前から思ってたけどナマエは感嘆した時の語彙が少ないね」
「強制箱入り娘だったんだから仕方ないんじゃない?」
「それもそうだね」

 いつの間に出したのか、硝子ちゃんの手元にはいつもの煙草。紫煙がゆらゆらと立ち昇ってゆく。視線を煙から硝子ちゃんに戻すと、日の出に照らされた美しい顔が私に微笑んでいた。隣を見れば夏油くんも。五条くんは表情こそ見えないが、優しい手つきで頭を撫でてくれている。

「次のイベントは〜…バレンタインか!」
「処刑でもするの?」
「ちげーよ、なんでそこだけ知ってんだよ」

 硝子曰く、女性が男性にチョコレートを贈る日で、3月にはお返しをするホワイトデーなんてものもあったり、バレンタイン当日に男性から贈る逆チョコや友愛の友チョコなどがあるらしい。
 本来バレンタインはキリスト教の人物を指す。彼は当時禁止されていた若い兵士らの結婚を秘密裏に行っていたことで処刑される運命を辿っている。
 そんな日にチョコレートの贈り合いとは何ともコメントし難いものがある。それでも現代のバレンタインデーを確立させた菓子メーカーは、相当な努力をしたのだろう。或いはこの国が単にイベント事が好きなだけか、と思い至った時、改めて自身の可愛げのないおつむに辟易した。

「ナマエ、このクズ共大量にチョコ貰ってくるから、暫くおやつは困らないわよ」
「硝子ちゃんは食べないの?」
「こいつら絶対ゲロ甘なやつばーっか貰ってくるから無理」

 べ、と舌を出して拒否する硝子ちゃんだが、彼らの頂き物を貰う前提で苦情を言うのは如何なんだろうか。というか私も用意した方が良いのだろうか、友チョコ。

「なぁナマエ、日の出、どうだった?」

 思考を遮るように飛び出した五条くんからの質問に、満面の笑みで頷いてみせた。来年も見たい、と言えば「気が早すぎだろ」と五条くんはくしゃりと笑った。さっきまで先のバレンタインで唸っていたのに、あっという間に気持ちは再び目の前の景色に向いた。

「……みんな、連れてきてくれてありがとう」

 やっぱり感想は素敵とか綺麗しか言えなくて、でもそれは私の語彙の問題じゃなくて、この景色が筆舌しがたいからだと言い訳じみたことを言ってみた。返事はない。けれど、みんなも同じように思っていたことだけは伝わってきた。

「ナマエお前さ、」
「うん?」
「先のことばっか考えないで、今を楽しめよ」

 思わず振り返ろうとしたが、背もたれになっていた彼にいつの間にかガッチリホールドされ、私の頭上には五条くんの顎が乗せられていて表情を伺う事は叶わなかった。それでも、彼が私の考え全てを見透かした上で「焦るな」と言ってくれたことだけは分かった。
 今日は私にとってなんてことない1月1日、の筈だった日。それは新たな未知の世界と彼の言葉によって、満たされた日へと変わってゆく。


ごくありふれた一月一日




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