初めて出会った時の感想は「儚い人」だった。満開の桜が強い風で花弁を散らしてしまうような、そんな儚さを苗字先輩は持ってたと思う。時折見せる強かさも俺は好きだった。
 高専にいる女の人って皆こう……剛!って感じだけど、苗字先輩は柔、って感じがする。振る舞いとかもそうだけど、物事に対して柔軟な捉え方をするなって。
 俺が宿儺の指を食べたことを知った人の大半はよく食えたな、と引いてしまうけど、先輩は「そうやって自分の思う最善を取れるのが、虎杖くんの強さなのね」と微笑んでくれた。俺はその返しに恥ずかしくてその後どんなやり取りをしたかあんまり覚えてない。
 とにかく言いたいのは、苗字先輩の言葉は、いつも欲しい部分を掬い取ってくれるってこと。

「……で、僕は何の話を聞かされてるのかな?悠仁」
「五条先生分かってて聞いてるっしょ?!悪い顔してる!!」
「アラサーにそんなキラッキラの青春見せつけるとか嫌がらせ?」

 はぁ……と大袈裟にため息をついた五条先生は、俺が尋ねてきてから一度も顔をスマホから離さない。曰く「今レベリング忙しいの」だそうだ。

「何つーか、俺よく分かんなくて」
「……へぇ?」
「釘崎とか伏黒には告れとか言われたんスけど、それで?って言うか……何が変わるのかなって」
「悠仁は変な所で欲が無いよねぇ」

 欲が無い、のだろうか。先輩に抱く感情が恋愛的な好意であることは流石の俺も分かってる。けど、その先をイマイチイメージ出来ない自分もいる。告白して、その先は?どんな変化があるのか、どんな変化を求めているのか、自分自身よく分からなかった。それでも持て余すこの気持ちを、どう処理すればいいか分からず、腹を括って五条先生に相談した。が、やっぱり納得のいく答えは出てこなかったし、そもそも聞く気を感じない。

「悠仁はさぁ、そのまんまでいーんだよ」
「そのまんま?」
「別に好きだって言いたいなら言えばいいんだよ。それで無理に何か変える必要はないし、あるとすればナマエが何か言うでしょ」
「苗字先輩が?」
「だって、誰かを想うってことはさ。どんな感情であれ、自分1人じゃなくて相手がいてこそなワケじゃない?なら本人と2人で話すべきだと僕思うんだよね」

 ね、そう思わない?
 どこか楽しそうに訊ねてくる五条先生。しかしその言葉はどうも俺を通り越した先に向けられているような気がして、ふと振り返る。

 心臓止まった。絶対。

 宿儺に取られて以来だと思う。視線の先、扉の前には苗字先輩がいた。何事かと五条先生に視線を戻すと、通話中のスマホ。ディスプレイには「苗字ナマエ」の文字。やられた。全部聞いてたであろう先輩はほんのり頬が赤いが、いつも通りの優しい表情で俺の隣に座った。

「相変わらず意地の悪い人ですね」
「そう?生徒想いのナイスガイだよ」
「自分で言ってちゃ駄目でしょう」

 くすくすと笑う先輩は楽しそうだ。そっか、先輩だって昨年は一年生だったから、五条先生と一年間の付き合いがあるのか。どこか慣れたようなやり取りに合点がいった。

「あんまり意地悪しないでください、虎杖くんは先生と違って素直だから変なとこ似ちゃったら大変」
「ストレートに僕の事ディスるのやめてくれない?ナマエ」
「呪術の世界では狡くて強くないと女は生きていけないって教えたの、五条先生じゃないですか」
「おっとしまった、任務の時間だ」
「本当に狡い人。虎杖くんはああいう大人になっちゃ駄目だよ」
「反面教師ってやつですか?」

 俺の返しが気に入ったのか、珍しく口を開けて笑う先輩がなんだか可笑しくて、愛しかった。話を聞かれて気まずくなったらどうしようとか、そんな心配とっくにどこ吹く風。先輩はいつもよりほんの少しだけ近くで、変わらず笑ってくれている。

「私ね、虎杖くんのそういう所、好きよ」

 何を指してそういう所、と言ってるのかはよく分からなかった。けれど、嘘も飾りも何もない、シンプルな先輩の気持ちだけは俺の中にストンと落ち着いた。周りの描く色恋沙汰ではないのかもしれない。でも、俺には俺の、先輩には先輩の描くものがある。だから今は、この限りある時間を共有できることに喜ぶだけで充分だと、俺なりの答えを導いて、そこで考えることをやめた。考え込むのは性に合わない。

「苗字先輩、次からナマエさんって呼んで良いですか」

 いつか、自分の思う最善を取れる事が俺の強さだと言ってくれたナマエ先輩は、今日も満面の笑みで応えてくれた。今はこの幸せを噛みしめるだけでいいや。それが俺らしさってことだから。


この感情に名前は要らない




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