「ありゃ、お茶っ葉切れた。」
仕事が一区切りついたので一息つこうと席を立ったのも束の間、どうやら次の仕事が決まってしまったようだ。ちょっと出てくる、と別段相手を決めていない言葉を投げて、私は足早に事務所を後にした。
一階に降りて傘を開くと、大粒の雨が降り注いだ。「今日は1日雨模様でしょう」と言ったお天気お姉さんの言葉は正しかったようだ。必要なものを買ってさっさと戻ろう、そして先程のティータイムの続きをしよう、と決心したその時。ぽすん、と軽快な音を立てて何かがぶつかった。何か、と揶揄したが、私は既に正体が分かっている。
「なんですか乱歩さん、お菓子は買いませんよ?」
「えー!!なんで?!」
「なんでもです。さあ事務所へおかえり」
「そんな無駄に良い声でナウシカみたいな扱いやめてよ。」
「だって帰って欲しいんですもん。2人で入るにはこの傘狭いし」
えーやだやだ!!と年不相応な態度を見せる乱歩さんに思わず溜息が出た。私乱歩に甘いからなー。お菓子結局買ってあげちゃうから連れて行きたくないんだよなー。こちらの内心を知ってか知らずか、乱歩さんはそうだ、と珍妙な提案をしてきた。
「僕が君が何故買い出しに出たのか中ててあげよう」
「えっ、それはただお茶っ葉が切れてたからで……」
「違うなぁ、だって君」
昨日の時点でお茶っ葉切れてたの、知ってただろう?
どうだ!とでも言いたげな顔でこちらを見てくる乱歩さんに思わず目を見開いた。この人見てたのか。そう、お茶っ葉は昨日の時点で切れていた。どうせ買い足すなら週末の特売日に、とケチった私はすぐに買い出しに行かなかったのだ。
「そ、それだけでは中てたとは言えないのでは?」
「そう、僕の超推理はここからだ。じゃあ君は何故わざわざ見送った買い出しを、特売日でもない今日行こうとしたのか?それは口実さ。君はすぐにでも事務所から出たかった。違うかい?ああこれでも認められないなら出たかった理由も」
「あああああ乱歩さん降参!降参です!!分かりましたカントリーマアム2箱で良いですか!!」
「3箱よろしくね〜」
してやられた。行ってらっしゃい〜と笑顔で手を振る乱歩さんを背に、私は「事務所を出たかった理由」を思い浮かべて苦笑した。今度「彼」にマアム代請求しよう。それがいい。恥ずかしさで照った頬に雨風が気持ち良く感じた。
◇◇◇
「え?ナマエちゃんいないの?」
いやお前のせいだよ。と内心毒吐く。この事務所じゃ僕の次くらいに優秀なくせに変な所で鈍いのだ。この太宰という奴は。
「買い出し。お茶っ葉が切れたそうだよ」
「ふーん……お茶っ葉、ねえ」
「何か気になるのかい?太宰」
「彼女、お茶っ葉は特売日に買うって話してなかった?」
ほら、そういうことには気付くのに。2人のこのなんとも言えない距離感は今に始まったことじゃない。互いに好いていることはうっすら気付いているはずなのに、互いに臆病故に、最後の一歩を踏み出すことをしないのだ。誰にでも人当たりの良いナマエに、女ったらしの太宰。そうなるのも不思議ではないが、いささか長引きすぎじゃあないだろうか。いい加減甘味好きの僕でもこのじゃりじゃりに甘ったるい見世物は御免だ。
「そんなに気になるなら迎えに行ってあげたら?大好きな太宰のお迎えならあの子も喜ぶだろう」
「………それは良い!乱歩さんのアドバイスに従うとしよう」
軽くスキップをしながら事務所を後にした太宰を見て職員全員が思っただろう。「早くくっついてしまえ」と。僕もそう思う。本当に。
恥ずかしがって距離を置くナマエも、流石に迎えに来られては逃げようがないだろう。御愁傷様、と上っ面だけ唱えて、僕は暫く届かないであろうカントリーマアムに想いを馳せることにした。