※FILM.REDの後のお話
※船長さん気持ち大人っぽく書いてます

「なぁナミさん、こりゃどーしたらいいかな」
「今回ばかりはルフィを怒るのも違うもんねぇ」
「ふふっ、レディファーストなコックさんでも悩む事があるのね」
「笑い事じゃないぜェロビン……ありゃルフィもだがもう1人の方が深刻だろ」
「「うーーーん。」」

 男部屋で眠りこけているルフィを除くクルー一同は、サニーの頭の上に危なげもなく立って、まるで壊れたテープのように繰り返し歌い続けるナマエへと視線を向けた。
 つい数日前の出来事は、様々な衝撃と傷を残した。あのパーソナルスペースの概念を考えないルフィとはいえ、幼馴染相手にあんな丁重な手つきで他者を抱き締めることが出来たという事実は勿論のこと、仮にも恋人の前でそれをやってのけるとは思わず、目撃した全員が目を丸くした。ただ、皆が口をはくりと開ける中で、ナマエだけはきゅ、と口を結んでいた。

『何年振りかも分からない幼馴染と、こんな広い世界で再会できたんだよ?そりゃ怒れないよ』

 そう言っていた彼女はその後起こった戦いの最中も、一向に幼馴染と戦う意志を見せないルフィを"クルーとして"懸命に守っていた。その時の表情といったら、もうとても見ていられない程に苦しそうだった。背後にいたルフィはそんな彼女には気づかずひたすら幼馴染に語りかけていた。その声は切なくも強く訴えかけるものだった。状況が状況じゃなきゃ蹴り飛ばしてたと言うサンジの言葉に皆でウンウンと頷く。
 麦わら一味の歌姫はナマエだ。それは今までもこれからも変わらない。ルフィだってナマエの魅力を気に入って船に乗れと言ったのだ。間違っても幼馴染とナマエを重ねるような愚か者じゃない。そう思えるのは積み重ねてきた時間が教えてくれたことで、全員がそう思っている。

 思っててもすぐに割り切れないことだってある。ナマエも、ルフィも。

「オレ、ナマエの心もだけど、身体が心配だぞ……あんな荒げた声で歌い続けてたら喉壊しちまうよ」

 そう言ってしゅんとするチョッパーは、いつも宴の後にナマエに飲ませている喉を労る粉薬をずっと持っている。いつもなら渡すと微笑んで受け取る彼女が、大丈夫だと言って受け取ってくれないというのだ。

「……寧ろそうしたいのかしらね」
「どういうことだ?ロビン」
「船医さんには難しいかったかしら?」

 目を細めてチョッパーから再び歌う後ろ姿に視線を戻したロビンの言葉を理解出来たのは何人だろうか。ナマエがもし歌を歌えなくなったら、彼は、ルフィはあの子を手放すのかしら。そんな愚問を暗に言っているのだが、理解出来たのは数名だけだろう。船首から僅かに掠れ声で聴こえた歌声は、再び機械的にリピート再生を始めた。

−ひとりぼっちには飽き飽きなの−
−もう戻れないの
 だから永遠に一緒に歌おうよ−

 もう見ていられない!と音を立ててナミが席を立ったのも束の間、場違いな腑抜けた声が食堂に響く。ナマエに注がれていた視線が一斉にその声の主へと向けられる。ようやっと起きてきた船長はなにかあったのかぁ?なんて怒りを通り越して呆れた発言をして着席した。

「ルフィお前メシの前に聞け」
「えぇ〜〜?!サンジ俺腹減ったんだって」
「お前あんなナマエちゃんみてもそれ言えんのか?」

 ナマエ、という単語に反射の如く視線をサンジの指差した先へと向ける。一瞬で纏った空気が変わる。いつからだ、と一目見聞きしただけで問うてくるのは流石我らが船長ルフィである。船を出してからずっとあんな調子だと口々に言えば、小さくワリィ、と零して受け取った粉薬と彼女愛用のマグカップを持って船首へとゆったりとした足取りで向かっていく。顔を見合わせたクルーは緊張が解けたような気がして、そっと食堂の扉を閉じた。盗み見なんて、今の彼らには野暮ってものだろう。




「ナマエ、薬飲め」
「……ルフィ?」

 久しく聞いていなかった、聞いても決して私には向けられなかった声が私の名前を呼んでいる。それだけで無性に泣きたくなったが、落ち着いた素振りで後で飲むよ、とだけ伝えた。感情を殺したり表情を作るのは得意な方だ。けれど、ルフィはこういう時だけは騙されてくれないからタチが悪い。文字通り伸びてきた手に掴まれて、半ば乱雑に抱き留められる。そのまま胡座をかいた彼は、隣に私を座らせて粉薬を手渡してくる。

「……あとでちゃんと飲むよ、約束」
「今飲め」

 こうなってはてこでも動かないのが我らが船長だ。肩を竦めて諦めて粉薬を飲む事にする。封を開けて僅かに舞った粉塵に、痛み切った喉は思わず咳き込んだ。焦った様子でマグカップを手渡してくるルフィにありがとう、と言うのすら憚られる程、私の喉はヒリついていた。もう少し。もう少し歌ったら壊れてくれただろうか。いや、この船には優秀すぎる可愛い船医のチョッパーが居るから治ってしまうか。自嘲気味に息を吐くと、ルフィが粉薬を私から取り上げて食堂へと戻っていった。
 粉薬が辛そうだと伝えるやり取りがうっすらと聴こえる。海上で薬草は貴重なのだから、そのままで良かったのに。案の定チョッパーがてこてことやってきて診察するぞと言ってきたので、ふるふると首を横に振って意思を伝えた。困り顔の私に「俺のが困ってるぞ……」とごもっともな言葉を残して、先程の粉薬を固形にしてくるから、と診療室へと向かっていった。

(私、どうしたいんだろう)

 ルフィの幼馴染だという彼女の歌からは、壊れてしまった心の『寂しい』という叫びが伝わってきた。同調して涙が溢れたのは、私も伊達に歌を歌う人間をやってないからだろうか。嫉妬なんて簡単な言葉ひとつで片付けられないこの気持ち。私よりもよっぽど遥か高みにいる歌姫を目にして、自分の実力が所詮その程度だと痛感してしまった。それだけでも心は傷んだのに、そこからの怒涛の出来事には私も流石に堪えた。

 言い訳なら散々自身に言い聞かせた。
 でも、やっぱり最後は歌う事でしか消化出来なくて、でもそんなすぐ整理もつかなくて、いっそ壊れてしまいたいと願いながら歌い続けていた。あー、ネズキノコ貰っとけば良かったなー。そんな事したらみんなにめちゃくちゃ怒られるな。でも終わりが決まってたら寧ろ精一杯楽しく歌える気がする。みんなに囲まれてサニーの上で行う特別コンサート。最高じゃないか。顎を伝った涙が堪らず重力に従って零れ落ちた。

「ナマエ!!」

 声のした方に振り返る間も無く引き寄せられそのまま担がれる。沈黙に流されていると、生簀も兼ねたアクアリウムルームの扉をくぐり、私の身体は宝石でも触れてるみたいなルフィにしては丁寧すぎる仕草でソファに横にされる。彼は床に正座でもしているのだろうか、私の顔横に肘をついているものだから顔が近い。滅多に見せない真剣な、私の好きな顔だ。アクアリウムの水の音と互いの吐息だけが沈黙の中に溶けていく。

「チョッパーが薬用意してくれたぞ」
「ああ、それで白湯足してきてくれたの」

 ありがとう。言いかけた言葉はルフィの口内へ吸い込まれた。無垢を体現したような彼なのに、時折どこで覚えてきたのか問いたくなるような行動をとる。
 突然の深い口付け。押し付けられた舌先は酷く苦くて、私は思わず目を丸くした。当のルフィは苦くて仕方がないのが、早々に顔を離してマグカップを手渡してきた。口の中では慣れた味が踊っている。

(わざわざ口移しなんかしなくても)

 半目で早く飲めと訴えてくるので私は薬を嚥下するのに必要な分だけ含んで、残りは彼の口直し用に手渡した。
 が、彼はそれには手をつけず再び私に唇を降らせた。浅いのも、深いのも、何度も何度も。
 なんて彼らしくない行動なんだろうかと驚きのあまり止めようとしたが、私がルフィに叶うはずもなく、両手首はソファに縫い付けられてしまった。時折視界に映る熱を持った瞳に心臓が高鳴って仕方ない。

「ナマエはこの船の大事な歌姫だろ、二度とこんななるまで歌うなよ」
「……ウタちゃんみたいに上手じゃないよ」
「なァ〜に言ってんだ?お前」

 再び半目になった彼は縫い付けていた手を解放して、代わりに再び−今度は両肘をついて私の顔を見下ろしている。ああ、私はいつだってその瞳に弱い。右手でそっと頬を撫でられ、止まったはずの涙は再び零れ落ちた。それを見たルフィはニシシ、といつもの笑いを見せてから、一言だけ呟いて、そこからは溺れる程の口付けで歌うことを許してくれなかった。

(俺だけの歌姫だから意味があるんだろ?)


セイレーンの亡骸




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