ふと意識が浮上して、のどかわいたな、とベッドボードを見上げる。生憎ペットボトルの中身は空っぽの様だったので、私の身体に覆い被さる細いクセに、筋肉がついていて質量のある腕をよけてずりずりとベッド縁に向かおうとした。
「そんな身体でどこ行くワケ?」
「……のど、かわいた、から」
思ってた以上に掠れた声は、少しだけ数時間前までの行為を思い出させた。恥ずかしさにかち合っていたひとみを逸らすと、五条くんは不機嫌そうにガシガシと乱雑に頭を掻いた。そんな姿すらサマになるのだから美人はいいなぁなんて、まだ起き抜けの頭で考えている。
五条くんとの任務はいつも移動ばかり時間がかかる。正確には彼の任務遂行が早すぎるのだが。これでは私の訓練にちっともならない。彼が嫌う報告書の書き方ばかりが向上してしまう。
今日も今日とていつも通り数分の任務だったが、重なるアクシデントで必要以上に時間がかかり、帰路の途中で宿泊を余儀なくされた。私は定番のビジネスホテルに向かって足を向けていたのに、私の腕を掴んだ五条くんはそのまま有名なリゾートホテルに足を踏み入れた。嘘じゃん。そんな当日急に来て部屋空いてます?とか聞くような場所じゃないよね?行きの疲れで回りきらない頭が、何も言えぬまま彼のしたい様にさせるしかなかった。
唯一零せた夜蛾先生に怒られるよ、という言葉は彼の「俺の自腹だから関係なくね?」の一言で一蹴された。
学生で寮暮らし、しかも彼、五条悟は御三家五条家の秘蔵っ子だ。実力も申し分無く、西へ東への引っ張りだこで、時間を合わせて二人で会うなんて事もままならなかった。
そんな彼が何故私を選んだのか、なんて無駄な考えはとっくに捨てたけど(結局恋愛なんて偶然の一致から始まる関係である)、いまだにこういう理解が及ばない行動をするのが五条くんだ。そして、理解出来ていない私にキチンと理解させた上で事に及ぶのも、また彼だった。
『久々にナマエのこと、ちょーだい?』
私よりよっぽど背が高いのに、わざと屈んで上目遣いでそういって甘えてみせるのは、自分の強みをよく分かっている彼だからこそ出来ることだ。私には同じこと、とてもじゃないが出来ない。
そもそも駄目って言っても聞いてくれないくせに、よく言えたもんだ。
「おら、とりあえず水でいい?」
「ん、ありがと」
差し出されたペットボトルは開封済みだが量は減っていない。わざわざ開けてから渡してくれる彼の小さな優しさを見つける度に、また少し好きになる。そもそも身体をいたわって私の代わりに冷蔵庫まで行ってくれるのだって、彼の持つ優しさだ。受け取った水をふた口ほど含んでから、ガラケーを器用に早打ちしている彼に訊ねた。
「インフラどう?」
「交通関係は駄目そうだな。2泊で部屋取って正解だったわ」
「えっ今日高専帰らないの?!」
ハァ?といつもなら夏油くんと喧嘩一歩前に見せるようなひしゃげた顔でこちらを見下げている彼は、昨日の時点で帰る気などハナからなかったらしい。高専への連絡も昨日時点で済ませてあるというのだから、彼の休む事への執着はえげつない。いや、日頃の休みの無さがえげつないからこそ許されているのか、彼の場合は。
「久々にナマエと任務で?俺たちなーんも悪くない、高専と任務先の奴らの尻拭いのせいで帰れなかったのに休まず次の任務行けって?絶対無理なんだけど」
そういって彼はほらよ、といつ用意していたのかも分からないルームウェアを投げて寄越した。もうすぐ部屋にモーニングが届くらしい。AコースとBコースがあったらしいが、五条くんは二人分Aコースを選んだらしい。私の舌の好みをよく分かっていらっしゃる。ルームウェアを身につけたところで、ベッドのスプリングが軋む。まだ半身をベッドに預けたままの私に、どこか楽しそうに抱きついてきた。
五条悟という人間は、私のものさしでは推し量れない存在だ。だから、無理に理解しようとしない。楽しそうにしてたら良かったな、と思うし、拗ねてしまったらどーしたの?と聞いてやる。そして今日の彼はとことん私に甘え、そして甘やかしたいのがありありと見えた。
「ナマエお前、難しいこと考えてるだろ」
「べっつにぃー?」
「今日はとことん甘やかしてやるから」
何を、と青い瞳がささやく曖昧な物言いを問いただそうとしたのに。ぺろりと唇を舐められたそのタイミングで朝食が届いて、五条くんの興味はそちらに向かってしまった。
ベッドルームに置き去りにされた私は思わず身震いした。昨夜十二分に堪能した熱の籠った瞳を思い出して、きっと明日の私は彼に担がれて帰路に着くことになるのだろうと、痛む足腰にそっと手を充てた。