「……どーしたモンかなぁ、コレ」
目の前で安らかな表情のまま瞳を隠す彼女に、オレは小さく溜め息を吐いた。事の発端は朝まで遡る。
今日は一年全員が任務も無く一堂に集まってDVDの鑑賞会をした。生憎談話室は先輩達が占拠していたので、オレの部屋に買い込んだ袋菓子と各自ペットボトルを持ち寄っての開催となった。釘崎はクッション、苗字は加えてブランケットも持参していた。小さな腕いっぱいにふわふわのクッションとブランケットを抱きかかえる苗字を、不覚にも可愛いと思ってしまった。……ん?不覚、なのか?
DVDはレンタルショップが週末フェアで5作品借りる方がお得だったので、1人1作品選んだ。残り一本は多数決で選ぶ事になったが、先日話題に出た作品の監督が皆気になっていた様で、満場一致で即決した。ホラー要素があるせいで少しだけ弱腰だった苗字も、監督の魅力には勝てなかったようである。
そうして始まった鑑賞会は、無駄にそれっぽくしたいと騒ぐ釘崎のオーダーにより、せっかくの陽射しは遮られた。テレビ画面から溢れる光と、それぞれが時折確認するスマホの淡い光、それから心地良い沈黙が場を包んでゆく。どれから観るかは「どうせ観るなら順番はどうでも良い」という伏黒の発言により、迷いなく釘崎の選んだDVDから飲み込まれていく。次いで苗字、オレ、伏黒、そして最後にみんなで選んだ一枚。しかしオレの選んだDVDがメニュー画面に戻ったところで異変は起きた。
「……苗字?寝た?」
「うわ虎杖役得じゃ〜ん」
「いやいや風邪ひいたらどーすんだよ……」
「ブランケットあるからヘーキよ」
そう言って釘崎はずり落ちていたブランケットを肩口辺りまで掛け直してやる。こてん、とオレの方に体重を預けて静かに眠る苗字は、相当深い眠りについているようで、揺さぶり起こすのは躊躇われた。
伏黒曰く、授業と称した任務が一件だけだった俺たちと別行動だった彼女は、弛んだ結界を結び直す任務が立て続けに入っていて、中々に忙しかったらしい。今日の鑑賞会も最初は途中で寝て迷惑をかけてしまわないか悩んでいたらしいが、オレと釘崎よりも付き合いのある伏黒の後押しで「貴重な休日はみんなと過ごしたい」という気持ちを優先したという。
普段はつっけんどんな態度でもなんだかんだ優しい伏黒は、きっと術式故に別行動になりがちな苗字の気持ちを汲み取ってやり、きっと寝たら運んでやるとでも話したのだろう。それならブランケットまで持参したことに合点がいく。
「この菓子追加で開けるぞ」
「え?このまま続き見んの?」
苗字の温もりと息遣いを右肩に感じながら、手早くDVDを入れ替える伏黒の前のめりな背中を眺めた。ああこのまま最後まで観るのね。オレは潔く諦めて、せめて苗字が後で辛くないように「よいしょ」と軽々彼女を持ち上げ胡座をかいていた自身の腕の中におさめてから、ブランケットと引き摺り下ろした布団で包んでやった。
ふと視線を寄越した同級生らは暫しフリーズしたのちに、盛大な溜め息を吐いた。やめろよ苗字起きるだろ。「お前天然でそういうことするよな」と呆れ顔の伏黒に言われた。挙句無言の釘崎には飲みさしのコーラを強奪された。……どゆこと?
結局5作品見終えても苗字が起きることは無かった。みんなで選んだ件の監督のホラー要素は思った以上にインパクトがあったので、彼女は見なくて正解だっただろう。多分夜中トイレのたびに釘崎が起こされて、怒号が響くのが頭に浮かぶ。
さてこのすっかり熟睡している彼女を伏黒に預けようかと見上げると、サッサとパーティ開きした菓子袋らを片付け終え音もなく部屋を出ていった。「策士ねアイツ」と愉快そうに口角を上げる釘崎は全てを察したらしいが、オレには何がなんだが分からなかった。
「釘崎、苗字のこと担いでいける?」
「レディになんてこと聞くのよ」
半目でオレを睨む釘崎も、苗字を連れて戻るつもりはないらしい。とりあえずベッドに寝かせてから最後に見たDVDを取り出してケースへと戻す。あのさ、と口火を切ったのはなんと釘崎の方だった。
「虎杖アンタさぁ、疑問に思わないワケ?」
「ああ苗字のことか?いやぁ、無理を押してまで映画見たかったんだな!オレもアイツのチョイス結構好きだぞ」
「そうじゃなくて……ああいや、いいわ、言ったところでどうこうなる話でもないし」
じゃああとヨロシク、ととうとう釘崎も去った部屋には、静かな寝息とオレの心臓の音だけが残った。とりあえず菓子の食べカスやら置いてかれた未開封の袋菓子を片付けて、その後考えればいいや。もしかしたらその間に起きるかもしれないから。その考えが如何に甘かったかを痛感して、冒頭の現在に至るワケである。
部屋の時計を見れば流石のオレも苗字を起こさねばという気持ちが湧いてきた。疲れていたとはいえ、中途半端な睡眠で明日以降に響いて辛い思いをするのはオレじゃない。食べ損ねた夕飯はオレの部屋の簡易キッチンで軽く済ませれば良いだろうが、仮にも女の子にこんな時間に食べさせる事に申し訳なさを覚えた。もうちょい肥えた方が良いとは思うが。先程持ち上げた時も、予想していた以上に軽くて勢いよく掲げてしまった。
「おーい苗字ー、おきろー」
沈黙。ベッド脇にしゃがみ込んで顔を覗き込むと、なんとまぁ幸せそうな顔ですやすやと眠っていた。これは下手したら朝まで起きないな。ふら、と視界が閉じかける感覚に、あーオレも眠いかも、とぼんやりしてしまった。
そりゃそうだ。
苗字が眠ってからもオレは映画に集中していたけれど、人肌の温もりは程良い眠気に誘ってくれる。風呂上がりだった彼女のシャンプーの香りも相まって、オレの神経は映画を見終えた途端急激に緊張から解放されて、それこそ彼女のような心地良い入眠への条件を満たしていた。
暫くの間脳内で葛藤をしてから、心の中でひと言だけ謝罪をして、充分に温められたベッドの中に滑り込んだ。1人用に苗字が既に横になっていたのに、まるでこれが正しいサイズかのように丁度良い余白だった。それでもどこか物足りなさを感じて、映画鑑賞の時の温もりを思い出す。もう一度、脳内で謝罪してからオレの両の手はそっと目の前で幸せそうに眠る彼女の身を寄せて、逃がさないよう包み込んだ。
(明日めっちゃ怒られっかなー、コレ)
怒らせても仕方ない事をしているという申し訳なさ半分、伏黒の言葉を鵜呑みにしたお前も悪いぞという悪態半分。彼女が今日の時間を優先したように、オレは目前の心地良い眠りを手に入れる事を選んだ。
(……苗字の奴、寝たフリ上手かったな)
(待って伏黒その話詳しく聞かせなさい)