「フツー逆じゃないの?」

 共用のカウンターキッチンではヘラで湯煎を黙々と進める虎杖くんと、それを肩肘ついて向かいから眺める野薔薇ちゃん、そしてテーブルで課題を進める私。伏黒くんは久々のオフ。今頃自室で読書にでも勤しんでいるだろう。
 野薔薇ちゃんの問いは果たして虎杖くんに向けてか、はたまた私に対してか。私はうーん、とシャープペンシルのノック部分で顎をトントンと叩く。大した理由では無い。だから言う必要もない気がして黙っていると、素直な虎杖くんは代弁するかのように事情を説明してくれた。

「ナマエが材料だけ買ってきて、作ってくれって言うんだよ。虎杖くんの方が上手でしょって」
「パシリじゃん、虎杖。ウケるわー」
「だって虎杖くんの方がお料理出来るし、美味しい方がみんな貰って嬉しいでしょ」

 そういうことじゃねーよ、と視線で訴える野薔薇ちゃんに「そんな顔するなら課題教えないよ」と言えば掌を返して課題のテキストを取りに自室へと引っ込んでいった。まったく、調子が良いのはどちらなのだろう。
 そんな彼女の背中を見送っていると、パタン、と冷蔵庫が閉じる音が聞こえた。いつの間にか湯煎も済んだ彼は手際良く料理を進めていたようで、後は冷やすだけのようだ。

「なーなー、本当にナマエは作んねーの?」
「材料費は君に捧げました、へへ」
「……ったく、あのさぁ」

 少しだけ頬を赤らめた彼が貰えるのを楽しみにしていたと白状するのが少し楽しくて思わずくすくすと笑ってしまう。それが良くないスイッチを押してしまったようで、一瞬で彼の瞳に火が灯った。劣情という火が。
 今から洗おうとさげかけていたゴムベラを、普段は見せない様などこか艶やかな視線は私に向けたままチョコをねぶりあげる。そしてチョコレートを含んだ舌は、私の口内へとするりと侵入して、私の舌に甘さを擦り付ける。未だ慣れない深いキスに身を捩る。

「とりあえずこれでお前からのバレンタインチョコってことにしといてやるよ」

 至近距離で囁かれた言葉にじわじわと熱が顔に迫り上がってくる。虎杖くんは、うっかり頬についてしまったらしいチョコレートと一緒に、私たちの唇を繋ぐ銀糸までも舐め取って、何事もなかったようにキッチンで片付けの続きを始めた。暫くしたら戻ってくるであろう野薔薇ちゃんに、この顔の赤さをなんて説明したらいいんだ。


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