「研磨くんほら、早く日誌書かないと部活遅れちゃうよ」
「そんな言うならナマエが書いてよ……」
「前回文字が研磨くんじゃないってバレて怒られたじゃない、ほら、頑張って」
SHRを終えて各々のペースで教室を後にする中、日直である孤爪研磨を甲斐甲斐しく世話を焼く苗字ナマエを見て、クラスメイトとなってまだ間もない男子は思うのだ。
『誰にでも優しい彼女なら、自分もワンチャンあるのでは』、と。
もとより誰に対しても人当たりが良く、成績も優秀、ゲラゲラというよりはふんわり笑う彼女。それなりに付き合いの長い研磨は彼女が大層モテる人間である事をよく知っていた。しかしその思惑や視線を鬱陶しく思っているのは研磨だけで、当のナマエは全く気付く様子がない。たった一ヶ月されど一ヶ月。晒される視線に限界を迎えた研磨は、まとめて黙らせるべく強硬手段に出た。
言ってしまえば日誌なんて書こうと思えばさっさと書いてしまえる。けれど、そうしないのは今日ここに来るはずの『彼』をまっているから。……ほら、噂をすれば廊下から聞こえてくる会話。3年生が2年のフロアにいたらそりゃ目立つし、ナマエの友人達は彼とも仲が良い。そうやって外堀を埋めるのが上手いのだ、彼は。
「あ、ナマエちゃんの彼氏さん」
「今年も同じクラスなの?ウチの子のこと宜しくネ」
「ナマエちゃんに頼る方が絶対多いよね、ウチら」
「分かる分かる、ナマエちゃん優しいから」
「そーなのよ、ウチのナマエちゃん誰にでも分け隔てなく優しいの。だから、」
宜しくネ、『クラスメイトくん』?
浮ついた男子をヴィランばりの悪い笑みを浮かべて見下ろすクロは、中々の迫力があったと思う。馬鹿でなければこの一瞬で悟るだろう。彼女に手を出してはならぬ、と。俺の手元に夢中なナマエはまるで気づいていないけれど、それが一番平和で良いと思う。
「おーい部活遅れっぞー、研磨にナマエチャン」
「あ、クロ先輩!聞いてくださいよ、研磨くんが全然日誌を書いてくれなくて」
「終わった、ホラ行くよ」
「え、あれ、さっきまで二限止まりだったのに」
去年のクラスメイトだったらしい女子は訳知り顔でクロを見上げていた。そんな彼女らに何かあったら教えて、なんてクロはいうけれど、今日あったことを記憶喪失で忘れでもしない限り、少なくともこのクラスで何かが起こる事は無い。守りの音駒をこんなとこでまで発揮しないでほしい。
「私が先生のところ持っていっておくから、クロ先輩、研磨くんのこと連れてってくれますか?」
「あれ?今日はお名前で呼んでくれないんですかぁ〜?ね、ナマエ?」
囁くように呼ばれた名前に公私混同!と怒って立ち去ってしまったナマエをゲラゲラ笑って見送るクロと、きゃあきゃあと騒ぐ女子、そしてトドメを刺されたであろう男子。これはオーバーキルにも程がある。死体蹴りと言われても文句は言えまい。俺は隣のクロをじとりと見やると、俺だけに聞こえる声で「俺だってあいつの事だけはヨユーがないの」と溜め息混じりに言うものだから、少しだけ同情した。まぁ、あそこまで警戒心が無いというのも彼氏としては心配の種ではあるのだろう。
「でもちゃんと牽制させてあげたじゃん」
「それに関しては感謝してますってホント」
「…来年は自力でどーにかしてよ、卒業生」
「………」
黒尾鉄朗の受難はまだまだ、終わらない。