「なっ、何ですかこの人事?!副担任なんて今まで居なかったじゃないですかこの学校!」
「上の決めた事に文句を言うな。ほら悟のとこ行って引き継ぎ受けて来い。アイツ自身担任やってても出張で不在な事が多いからな」
「………っ、だあぁ分かりましたよ!もうっ!」
大人の術師専属になってから数年。私は突然の呼び出しからの唐突な人事(しかも避けてた生徒案件である)に声を張らずには居られなかった。
夜蛾先生は上層部なんて濁していたが、五条が一枚噛んでるのは間違いない。というかほぼ五条の仕業だな。長く細い溜め息を吐き出しながら、覆らない現実になんとか向き合おうとする。
実際問題、五条不在時に面倒を見れる存在はいるに越したことはない。それにあの五条だ。私達にとっての夜蛾先生のような、丁寧なメンタルケアが出来てるとは到底思えない。仮に出来ていたとしても忙殺のあまり後回しになることも有り得るだろう。それ程に唯一無二なのだ、五条悟という存在は。
ふと思い出すのは数年経ってもなお色褪せないあの雨の日。最初でできれば最後にしたい、五条の教え子を救えなかったあの日。「術師に戻れば?」という同級の言葉を無視して今日まで生きてきたが、どうもお気に召さなかったらしい。
副担任になるということは、遠回しに呪術師に戻るという事だ。私は取り出した端末で五条に一報入れてから、一度家に戻る事にした。術師として立つのであれば、黒スーツこの身ひとつではお話にならない。
「お、来たね」
「来たね、じゃないよ。何あのイカれた人事。暴君がすぎるでしょ」
「上からのお達しでしょ〜?僕知らないもん」
「圧力かけたでしょーよ……」
隠す気ゼロの彼に肩を落としながらも、ずり落ちた竹刀袋を肩にかけ直す。その様を見てそれそれ!と突然ご機嫌になる五条に思わずはぁ?と不満が洩れてしまった。
「今持ってる生徒の中にさぁ、手厚く見た方がいいやつがいてさ。死刑保留の無垢な少年」
「しけっ……は?!それって秘匿の……」
「だからお願いしたいワケ。頼める?」
こてん、と倒された顔は見る人が見ればイチコロなのだろう。生憎私はそうではないが、話が話である。聞いた以上は噛む他無かった。二度と学生の生き死にを見るのはごめんだ。
「って事でこれから僕が不在でも彼女がいるから安心して。途中補助監してたから二級留まりだけど、実力は学長も認めるし、ちゃんと試験受ければ一級いけると思うんだよね。マトモだし」
「マトモじゃない男に言われても信憑性に欠けると思うんだけど」
「今の返しでマトモな奴だって事がよく分かるな。なぁ?オメーら」
「悟異端児だからナァ」
「しゃけしゃけ」
「生徒の反面教師になれてるなんて……五条立派になったじゃん」
「お前ら今日の体術覚えとけよ〜」
うげ、と洩らしたのは紅一点の真希ちゃん。パンダは夜蛾学長の所によく居るし、棘くんも補助監督として関わる機会はあったから知っている。唯一名前と顔しか知らないのは……
「乙骨憂太……です。宜しくお願いします」
「苗字ナマエです。術師に兄がいるから、混同しないようにナマエって呼んで」
「ナマエさんは、補助監督のまま副担任やるんですか……?」
ぐさり。無垢な質問だと分かっているが、背後の五条のニヤニヤ顔がなんとも腹立たしい。しかしここまで来て逃げるのもまた元術師として恥だ。ここは腹を括るしかない。
「今すぐにって訳にはいかないけど、必要な手続きが終わり次第呪術師に復帰かな。それまでは剣術指導が主な担当だね」
そう言って竹刀を取り出すと、一番に反応したのはパンダだ。補助監督になってからも、時折夜蛾学長と手合わせしていたのを知っているのは恐らく彼だけだ。
「よかったな憂太、いい師匠来たぞ」
「憂太くん、剣術使うの?」
「憂太はそうだねー。だからナマエ呼んだみたいなとこある」
剣術ならば日下部さんだが、生憎彼は二年の担任だ。何より積極的に教えるタイプでは無いから、私が呼ばれるのもまぁ、分からなくもない。呪具、という点に於いては真希ちゃんがいるけれど、彼女もまた学び途中だ。ここはやはり大人の指南が必要だとクズなりに思ったわけか。
「クズなりに生徒のこと思って行動してるのね、貸し1ね五条」
「何でだよ、学生時代の貸し返してもらってチャラだろ」
「時効でしょーが」
私の言葉にゲラゲラと笑う五条を見て、生徒達は顔を見合わせて、再び五条を見る。まるで珍しいものでも見たような顔だ。
「……なんか、変なこと言った?」
「いや、今まで五条先生とそんなふうに話してる人なかったので、珍しいなぁと……」
「こんぶ」
「棘の言う通りだわ、ちょけて返す奴初めて見た」
私がまたたきを繰り返していると、ひょこりと割り入ったパンダに「こいつら同級で付き合いながいからな、一応」と補足されて、ようやっと彼らの感じた珍しさを理解した。確かにかの五条家の嫡男だ。これだけちょけたやり取りを出来る人間は、今では片手で数えるだけになってしまった。というか卑下した物言いが出来るのって硝子、私……あれ、少ないな。ふと思い至った私は無茶な異動の仕返しに満面の笑みで言ってやった。
「五条、私がいるから寂しくないね?」
「はー?何言ってんの今更」
当たり前じゃん、とあっけらかんと恥ずかしげもなく答える彼に、あの頃に置いてきたはずの芽吹きかけた感情がふわり、と少しだけ揺れた気がした。