「エーット……とりま聞くけど、何コレ」
「クロのじごーじとくだから知らないよ」

 何かある度に研磨の住まう平屋に音駒メンバーが集まるのはいつもの事だが、改めて錚々たるメンバーが集まったなと思う。ていうか現役選手に人気配信者にモデル……多忙極める輩が何故もこう集まることが出来るのだろうか。俺も大概ではあるが。イヤイヤイヤ、今はそんな事はどうでもいい。本当にどうでも良くなるぐらい理解の及ばない事態が眼前で繰り広げられていた。
 夜久のヤローがこちらをみてニヤニヤしていると思えば、研磨はげっそりと疲れた様子で炬燵に突っ伏し、他の面々は顔面蒼白である。マジで何コレ。

「クロさぁ、ナマエと最後に会ったのいつ?」
「ナマエ?ンー……」

 突拍子もなく出てきた彼女の名前にいよいよ意味が分からなくなりながらも、かなり前の出来事を何とか記憶の底から引っ張り出そうと腕組みしたが、あーもういいよ、と呆れた様子で回答権を奪われてしまった。怪訝になりながらもひとまず自身の着ていたジャケットを慣れた手つきでハンガーにかける。そこでようやっと気づいた。いつもの定位置にある、彼女のジャケット。見回した中にいなかったという事は、つまり、まさか。

「ゲッ、チョット何手ェ出してるんですかネェ夜久選手?」
「お前が何ヶ月も苗字ほったらかしてるから自棄酒して俺に引っ付いてるんですぅ〜」
「ムカつくけど何も言えない!!!」

 炬燵の向かい側へぐるりと回れば、夜久の腰にしがみついたまますやすやと寝こけているナマエの姿があった。最初の妙なリアクションの正体はこれか。スペシャルマッチの準備もあり多忙極める日々だったとはいえ、作ろうと思えば時間は捻出出来ただろう。それでも「大丈夫だよ」と電話口でコロコロと笑う彼女に、つい甘えてしまった。大丈夫なわけないと、当たり前のことを見逃してしまった。これはやらかしもいい所である。

「いや〜、へべれけな苗字可愛かったなぁ。こんままロシア連れて帰るか」
「夜久クン〜?冗談にしては笑えないよォ?」
「クロも夜っくんもそこら辺にして……」

 家主の研磨は度々やってくるナマエの弱音に耐えかねて、今回の集いでひと通りのくだりを話したらしい。ナマエ自身は内緒にして欲しいと頼んでいた為、暴露されたことに自棄になり、得意とは言えない酒を中々のペースで呑んだ挙句わんわんと喚いてから、電池切れの如く寝ついたという。
 どんな夢を見てるか知らないが、夜久クンに擦り寄るの本当に勘弁してくれ。とりあえず風邪をひいてもいけないので一度ずるずると炬燵から引っ張り出して抱え上げる。研磨には言わずとも布団を貸してくれる事は分かっているので、足癖悪く右足ですぱんと襖を開け、布団へとゆっくり降ろして居間へ戻る。変わらずニヤニヤとしている夜久に炬燵内の足蹴りで喧嘩を売る。うざい、と零す家主はこの際無視だ。

「夜久くんほんとに連れてけば?ナマエのこと」
「ハ?!!研磨お前何言って、」
「あーそれ良いかもな、俺苗字なら嫁に来ても嬉しいわ」
「だってクロ、どーする?」

 どうするもこうするも無い。それはお前が1番知ってる事だろうと感情が振り切れた。思わずカバンの中からベルベットの小箱を取り出して炬燵の上に叩きつけるように出す。麻雀かよ、というくだらないツッコミは誰が言ったのか聞かなかった事にしてやる。

「俺はプロポーズする機を伺ってこうして用意してるわけですよ。だから余計な手ェ出さないでくれませんかねぇ?」
「え、そうなの?」
「イヤイヤ研磨、お前こないだ一緒に店行ったでしょーが!!………アレ?」
「クロ、オレ、何も言ってない」

 ギギ、と不穏な音が聞こえてきそうな歪な動作で振り返った先には、先程布団に寝かせたはずのナマエの姿。他の奴らも流石にやらかしたと思ったのか、スッと血の気の引いた顔をしている。夜久くんも口が綺麗な一文字だ。逆に研磨は何処か愉快そうに彼女の動向を見守っている。俺のことを助ける気は微塵も無いらしい。
 そんな中、俺らの気も知らないでとたとたと炬燵に寄ってきた彼女は、何の確認も無しにひょいと小箱を持ち上げたかと思えば、ベルベットの醸し出す重厚感をまるごと無視して蓋を開けた。流石の行動に皆「嘘だろマジか」と目で言っている。分かる、俺もそれ超思った。普通話聞いてたなら開ける?開けないデスヨネ?いや、こいつは開ける奴だったわ。

「え!すご!高そう!!」
「いやお前語彙力どうにかしろや」
「えー?でもトラ、これは何も言えんくない?」
「………やべぇ、高そう」
「ほらぁ!ねぇねぇ夜久先輩もみて!」
「ナマエチャンちょっと落ち着きなさいよ。まだあげてないしプロポーズをそもそもしてないでしょうが」

 夜久クンの手に渡る前にヒョイと箱を取り上げると、きょとんとした表情で此方を見上げている。いやきょとんじゃないのよ、きょとんじゃ。まだ少し酒の残った様子のナマエは何処か眠たげな瞳で、しかし意志はしっかりと宿った声色で俺にトドメを刺していく。

「プロポーズなんてされなくても、クロ先輩が私を嫌いにならない限り、ずっと一緒にいますよ?駄目でしたか?」

 駄目なわけあるか!!!そう叫んだ俺に白い目を向けた夜久クンが「腹いっぱいで吐きそう」だと言った。俺のせいじゃなくないですか?

title by 透徹


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