私のスケートの先生は、いつもの元気なイメージとは真逆の、静かで綺麗なスケーティングをする先生です。名前はあき……あか………司先生といいます。コーチとして公式に先生なのは司先生ですが、時折やってきてはジャンプのコツを教えてくれる先生もいます。名前はナマエ先生。瞳先生とも知り合いだったようで、時折アシスタントコーチとしてひじょーきんで来てくれる、司先生とは違った魅力を持つスケーターです。元々は選手で、オリンピアンだった過去もあるそうですが、何故辞めてしまったのか、私は不思議で仕方がありません。
「……って顔してて、全然集中出来てないよ?危ないから一旦リンク降りてお喋りしようか。休憩!」
「ごっ、ごめんなさい……」
「いいのいいの、どーせ司も瞳さんも私のこと大して話してないんでしょ?気になっちゃうよね」
ウインクをしながら自販機から取り出したアイスココアを手渡してくれるナマエ先生は司先生と同い年らしいけど、多分実際よりも若く見える。司先生も若く見える方なんだろうけど、この人は極端な気がする。だからこそ、何故スケートリンクを降りてしまったのか、私だったら『絶対に嫌だ』と思うだろう。
「自分が滑るよりもね、魅力的なものを見つけちゃったの。言われるがままにやってきたフィギュアスケートよりも、芽生えた夢に熱量持ってかれちゃった」
ふふ、と笑うナマエ先生の表情は、スケーティングで時折"魅せる"大人の顔だった。ナマエ先生が一瞬だけ向けた視線の先には、大好きな司先生。私のこうなりたいが沢山詰まっているひと。私にはまだ難しくて分からないけど、ナマエ先生の分岐点が司先生だったことはきっと間違ってない。何より、その選択は間違ってなくて、今のナマエ先生はとても楽しそうだ。私に教える形で結局スケートは続けてるけど、司先生がコーチになる事がなければ、この人が氷上に戻る事は二度となかったんだろう。
「私っ!ナマエ先生みたいにカッコいいジャンプと、司先生みたいな綺麗なスケーティングをみんなに見せたいです!!」
「勿論、いのりちゃんの夢の為に、私の経験全部あげる。だからいつか見せてね。……オリンピックのキスクラに座る2人を」
「はっ、はいっ!頑張ります!!」
空になったアイスココアは軽快な音を立ててゴミ箱の中へと滑り込んだ。クリアになった思考は、既にさっきまで挑戦していたジャンプに向いている。ナマエさんの夢を叶えてあげたい。だから私は精一杯この人の背中を追いかけて……いつか追い越したい。
そんな風に夢中になっていたから、この一部始終を司先生が見ていたなんて、私もナマエさんも全く気付かなかったんだ。
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「今日はいのりさん、楽しそうに話していたね」
「いのりちゃん、司先生みたいなスケーティングをみんなに見せたいです!って意気込んでたよ?」
「………」
「なぁーに赤面してんのよ、アイスダンス全日本経験者なんだから、いのりちゃんから見たらそう映るに決まってるじゃない。私も惚れ込んだスケーティングなんだから」
「……ナマエお前、分かってて言ってるだろ」
うっすら赤い頬のままチラリとかちあった視線は、すぐに逸らされてしまった。いのりちゃんの為に、何処か命を燃やすように駆けている司にとって、きっといのりちゃんのこの言葉はこれ以上ない賛辞なのだろう。あまり拗ねさせると後が面倒なので、此処らでこの話は終わりにしておこう。
「あ、でもジャンプは私だって!やったねぇ〜」
「そりゃそうだよ、俺が惚れたジャンパーだもん」
人の事となると照れるわけでもなく、ケロリと言いのけてしまう彼は、つくづく自己肯定感が低いというかなんというか……あーやめやめ、次は私が顔に出てしまう。赤く染まり出す前に彼の部屋を後にして、私は加護家の今晩の仕込みを始めることにした。