「あ、苗字この後混成シフトだろ?一緒に行かね?」

 苗字、と呼びかけた窓際の席の少女は、光に透ける柔い髪を揺らしながらゆっくりと此方を向いた。小さく微笑んでいいよ、ともらした口元にどりきとしたが、何でもないようなフリをして「じゃあ行こーぜ」と、彼女がリュックを背負うのを教室の入り口に凭れて待つ。
 フリーの隊員だが個人ランクの高い彼女は、よく混成部隊に呼ばれては、色んな隊の戦い方を記録していた。ゆくゆくは軍略なんかを学びたいとか言ってたっけ。高校では一切使わないのに大切に仕舞われてゆくノートパソコンには、エンジニアから借りたというシュミレーションソフトが入っているらしい。昼休みなんかも隙あらば軽食片手に様々な戦略を試行し続けている。
 かといって友達が居ないかといえばそんな事もなく、男女共に交友は浅すぎず広過ぎず、相手にとって心地良い距離感で接するのが上手い奴だと思う。そんな彼女に特別な感情を持っているのは俺以外にもきっといる事だろう。

「出水くんお待たせ、行こっか」
「相変わらず重そうなリュックだな」
「私の好奇心が詰まってるからね」

 何処か得意げにリュックを背負い直してみせた彼女は、最近の太刀川隊について早速尋ねてきた。きっと混成部隊の一員として、どう立ち回るのが良いか、すでに計算を始めているのだろう。とはいえ隊長があの太刀川さんだ。決まった型らしい型などないので、良くも悪くも行き当たりばったりである。そう伝えれば苗字はやはり楽しそうに太刀川さんらしいね、と笑った。

「射手……後衛的にはやり辛くないの?」
「いやいや、俺が後衛だけに徹してると思うか?」
「全然思わない」
「だろ?」

 弾バカなんて不名誉なあだ名をつけられる程度には太刀川さんに負けず俺も戦闘好きな節はある。実際ブラフをかけて近接使いとタイマンを張る事も少なくないし、結局隊長のカラーがそのまま隊の個性になるのだろう。唯我は除く。

「今日は私オペ室でずっと記録取ってても良い気がしてきたなぁ」
「忍田さんに怒られろ」
「……もういいかな、忍田さんは」

 怒られたことあんのかよ。からかい混じりに笑ってみせれば小さな唇を少しだけ尖らせて「玉狛第一との混成とか逆に怪我するもん……」と少しだけ拗ねたような、照れたような、そんな様子でごにょごにょと言い訳を漏らした。彼女の言い分は分からなくもないけど、玉狛第一に苗字を入れたら過剰戦力では?とも思わなくもない。
 おそらく本部のお偉いさん達は、彼女を遠い未来の本部長にでもしたいのだろう。迅さんみたいな直接的な未来を見るのではなく、思考力で考えうる全ての可能性から選びとることの出来る彼女を。だからこれだけの実力を持ちながらもフリーで持て余していることをとやかく言わず、満遍なく、ひとつでも多くの隊と、その時々で変わる戦い方を、実践の中で学ばせようとしているのだろう。

(……遠いなぁ、こんなに近くにいるのに)

 俺とは違う期待のされ方にまだ本人はきっと気づいてないし、実際のところ本人がそれを受け入れるのかは誰にも分からない。それでも"戦い方"が違うというだけで、彼女が、苗字が、とても遠いように感じてしまう。
 誰に対しても飾らず、ありのまま関わる彼女への気持ちはいつだって弱虫だ。隣に立てるだけのものを俺はなにかひとつ持っているのだろうか。ぼんやりと歩く先に見えてきたボーダー地下通路への入り口。身体が思えた仕草でトリガーをポケットから取り出して翳そうとした時だった。苗字が視界を遮ってそういえば、と言葉を続けた。

「今日は出水くんが居るからトリオンの流星群が見れるね、楽しみだなぁ」

 弾バカと称されるばかりの俺の戦いぶりを、まるでオセロをぱたりと捲るかのように美しい景色だと言ってみせた。突然のことに思わずトリガーを取り落としかけてしまうが、なんとか耐えた。これが他意のない、飾りのない、コイツの言葉の厄介なところだ。まだまだ弱虫な俺の恋心は、照れ隠しに言葉を吐き出すことで精一杯だった。嗚呼、無情。

「思わせぶりなことばっかゆーなよな!!」

title by 透徹


足掻いてみても恋に落ちる




ALICE+