Case.1
吾輩はナマエである。ハートの海賊団のクルーである。今現在大変不服である。地団駄を踏みたいところだが、視界に入る範囲にはそれらしき下半身は見当たらなかった。「怪我が治りきってねーのに組手すっからだろ?なんなら四肢全部バラされたシャチの方が哀れだろ」
ペンギンに言われ視線をあちらに向けると、さめざめと泣いているシャチの哀れな姿があった。ナマエ半分じゃん……俺だけバラバラじゃん……と繰り返しているのは半ば呪詛にも近い不気味なもので、通りがかったイッカクにチョップを食らっていた。
確かに私が今キャプテンからオペオペの実の能力で没収されたのは、下半身と利き腕。利き腕は以前逆立ちで移動してるのを見られてからめちゃくちゃ怒られて、それ以来こうやって怒られるたびに没収されている。つまり片腕は無事だし、なんだかんだ皆が運んでくれるので不自由していないのだ。けれど、シャチは気持ち悪いほど(失礼)丁寧に四肢改め胴体に繋がる箇所全てが離されていた。知らない人が居たら首だけで泣くなんて恐怖でしかないだろう。
ふと食堂の方に人気を感じてそちらに視線を向ける。私の座る椅子からでは横目が限界だ。
「オメェ、部屋で大人しくしてろと言っただろーが」
「ナマエ1人にしといた方が何やらかすかわかりませんぜ、キャプテン」
「それもそうだな」
真顔で意見するペンギンの言葉に、何が楽しいのか鼻で笑ってみせたキャプテンは、ようく見ると私の愛しの下半身を小脇に抱えていた。とはいえすんなり返してくれる彼ではないと私は重々承知している。数日の間は本の虫になるとしよう。とほほ……。
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「おっ、やっと戻ったのかナマエ」
「あ!ペンギンも次相手して!」
「別にいーけど、お前傷はもう平気なの?」
先日腹に痛々しい傷を負ったナマエが、嬉々として同室のベポと組手をしているのを見て内心ヒヤリとした。キャプテンの許可が降りたのかと聞くのが恐ろしいほど、未だ巻かれた包帯の面積の広いこと広いこと。可愛い妹分に頼まれれば叶えてやりたいのが兄の性である。しかしそれは俺がバラバラにならない前提の話だ。大人しくしてなかったナマエを口頭で叱ることはしても、何故か四肢をバラされ数日放置されるのは、相手になった俺達なのだ。つまりそういうことだ、察してくれ。
以前にも似たような状況でシャチがバラされた挙句拳骨を食らっていた。無自覚な本人相手にキャプテンは、自省させることを諦めたらしい。諦めるのはいいけど俺達バラさなくても良くない?
「ベポとばっかやってると慣れてきちゃってつまんないんだよ〜……ね、お願い!」
「んんん」
ウチの子かわい。身長低いせいで必然的に出来上がる上目遣いのお願いは、「目に入れても痛くないですか?」という質問にクルー全員がイエスと答えるだろう。ちなみにこれも無自覚でやってるんだよ、罪だよなぁ〜!!あー……。
「わかっ「オイナマエ、何してる」
「キャプテン!リハビリで組手してたの。見かけた人全員に声かけて、今はペンギン口説き中」
「ホォ………?」
変な言い回しヤメテエェキャプテンの視線に殺される、コワァイ……たまらず縫合跡のある腕をギュッと握った。ベポは呑気に「さっきまでオレとやってたんだっ!」なんて自分から報告している。死に急ぐの早くね?俺はしっちゃかめっちゃかな脳内で不安要素への思考が定まらず、ひたすら脂汗が止まらない。そんな俺を見てニヤリと笑ったキャプテンは、俺の心中を察したのかは分からないが、何も分かっちゃいないナマエに対して「包帯巻き直すから一旦休め、ペンギンとはあとにしろ」と言って船長室に先に行くよう促した。
「……ペンギン、」
「アアアアアアイアイキャプテンッ!!」
「そんなビビらなくてもバラさねーよ。今は、な」
「………へ」
包帯巻き直さにゃならねーからな、と笑ったキャプテンは決して目は笑っていなかった。やっぱりさきの口説く発言は地雷だったらしい。バタン、と閉じた。あー……そういう事?お前は後回しだ的なヤツ?いつの間にやってきていたのか、そっとシャチに慰められる。いや、助けてくれよ。
「バラされても仲間だぜ、ペンギン……」
「いや助けてくれよ……」
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悪い人だなぁと思いながら、新しい包帯を巻き直すため薬棚に向き合う背中を眺めていた。傷そのものは殆ど完治していて、今つけている包帯は傷跡が残らぬようアフターケアの薬を塗布しているだけであり、通常の戦闘はもちろん、水中戦だって余裕だというのにこの人は。
「意地悪も過ぎればいじめだよキャプテン」
「ハッ、違いねェ」
以前私の巻き添えでバラバラにされてしまったシャチが泣きついてきたことがあったのを思い出しているのか、キャプテンは何処か楽しそうだ。あの時は私が何度も直してあげて欲しいとしつこく言い回ってようやっと戻してくれたから、次同じようなことが起きないようにと、今回は完治まで大人しくしていた。だというのにこの人は……
妙に包帯が外れるまでかかるものだと思っていたが、まさかこんな風に揶揄うためだけに貴重な包帯を浪費していたのではないかと疑ってしまう。
「そんな目で見なくてもベポもペンギンもバラさねーよ。お前に組手の許可出したの俺だしな」
「じゃあ変な言い回しで怯えさせないでくださいよ、ペンギンに後で謝らなきゃ」
「あとで?明日、の間違いじゃねーか?」
包帯を巻き終えて衣服をなおそうと手を伸ばしたが、指先は襟を掠めるだけで掴むことは叶わなかった。目の前には見慣れた天井とキャプテンの顔。突然の衝撃にも関わらず、ベッドのスプリングは存外私をまろやかに包み込んだ。
「散々お預け食らったんでな。俺が先だ」
珍しく独占欲をみせる彼に思わずえ、と声が漏れた。ああ、この人はこんな顔も出来たのか。大切なクルーだと言いながら、何処か線引きをして保っていた距離感は、彼の生い立ち故だとは思っていた。けれどそんな憎しみ以外の感情に蓋をしたようなこの人が、私だけに剥き出しの劣情を向けていることに酷く身震いした。がぶりと首に噛みつかれる感覚。これは確かに謝罪は明日になりそうだ。
あなたの心の隙間を埋めるように、私は彼の手を取り指を絡めて、そして。