Case.11
「………さむ。寒すぎてしぬ。」ナマエはコートの袖を目一杯伸ばして手のひら半分まで包み込む。手袋は抜刀に支障が出ないように指抜きタイプなので既にじんわりと赤く染まっている。
ドフラミンゴの治める国『ドレスローザ』に乗り込んだあの日。結局彼の首は取れなかったが、威勢だけは買われたのかファミリーとして迎えられた。元ハートのクルーと知っている筈なのに迎えるということは、私など居ても些細なことなのだろう。それだけの戦力差があるなら私も下手に逆らう事はせず、言われるがままに立ち回った。おかげで得られた情報は大変価値のあるものだったと言えるだろう。
長いことドフラミンゴの裏の顔、ジョーカーのお付きとして過ごしていた私だったが、ある日突然辞令を受けた。パンクハザードにいるモネのサポートだ。表向きはガスガスの実の能力者"マスター"なる奴が指揮しているが、実際はドフラミンゴの駒のひとつに過ぎない。気味の悪い笑い声と含みのある笑みにウンザリしながらも、基地の護衛として過ごして幾日。変化は突然だった。
「貴方のキャプテンが来てるわよ。嬉しい?ナマエ」
「え、」
キャプテン。もはや懐かしさすら感じるその響きに、私は強く頭を打たれたような気がした。動揺というよりは、驚きでフリーズしてしまった。何故彼が此処に。自問自答は瞬時に答えが出た。恐らくキャプテンの狙いはこの吉で製造されているアレだ。今のドフラミンゴにとってこの基地が無くなることほど痛手になる事はないだろう。でも、こうしてモネがわざわざ話すということは、なにかしらキャプテンから直接アクションがあったということだろう。
ふと、七武海に加入した時のことを思い出す。目的のためなら嫌悪している海軍にさえ首を足し出せる人だ。ならば。
「ローも今後護衛としてこの島に在駐するわ。先輩として色々面倒見てあげてね?フフ」
「仮にも元クルーなのに、一緒に行動させて良いの?私が裏切るとか考えないの?」
「あら、裏切る気があるの?」
「例え話。リスクマネジメントがなってないんじゃない?」
私の言葉を聞いて二、三度瞬いたモネは、その白魚のような手を行く宛なく揺らしながら、何処か遠くを見ている。
「私、これでもアナタのことは結構気に入っているのよ。それはジョーカーもきっと同じ。……出来れば"こちら側"でいてくれることを願っているわ」
今にも溶けて消えてしまいそうな声色。裏の世界は裏切りに満ちている。他者を出し抜く為に、生存本能として、当たり前に嘘やブラフ……そして裏切りが行われる。それを理解しているモネの言葉は、正しく雪そのものだ。
私がかける言葉を探していると、ふと息を吐いたモネに抱き上げられる。目を丸くして眼前のモネを見つめると
「本当に可愛いわね、ナマエ」
床へと下ろしてそう言ったモネは、それ以上何も言わずマスターの元へと行ってしまった。誰もいなくなった部屋はどうにも心地が悪く、私はいそいそと外の警備へと戻ることにする。
しかし向かう最中、懐かしい声に思わず部屋の前で足を止めてしまった。モネもどうやらこの部屋に入っていったようだ。聞き耳を立てることに罪悪感を覚えつつも、好奇心には逆らえない。
「ロー!テメェの心臓を寄越せ!それで取引成立だ!」
「……いいだろう、異論はネェ。」
心臓をマスターに預けるなんて正気の沙汰じゃない。気づいた時には部屋に割って入り、キャプテンに向けて抜刀の構えを取ってしまっていた。マスターの考えは分かる。それにしたってキャプテンとの力量差を埋めるにはあまりある、一方的すぎる取引だ。私がオペオペの実の能力を使おうとしている彼を牽制していると、まるで助け舟でも出すかのようにモネがクスクスと笑いながら提案する。
「マスター、ナマエは真面目だから不平等なのが嫌みたい。マスターの……は危険だから、秘書の私の心臓との交換にしましょう。それでナマエも納得してくれる?」
「フン!護衛風情が口を出しやがって!モネが良いなら構わん。コイツにくれてやれ」
「……出過ぎた真似を失礼しました、マスター」
深々と頭を下げて、視線だけチラリとモネに向けてから部屋を出る。どんな意図があったかは定かではないが、結果的に彼女に救われた形になった。先程のやり取りを思い起こす。もしかしたら彼女なりの私への誠意だったのかもしれない。いや、考えるのは止そう。キャプテンの動き次第では、もしかしたら、いや、確実に敵対する事になるのだから。
この世界は、私の世界は、すっかり"裏切り"という汚れで満ちてしまった。何処か燻る脳内を宥めるように、刀の柄をゴツン、と頭にあてる。外の寒さに触れれば自然とそちらに気が向くだろうと、柄の衝撃の余波があるうちに外に出ようと駆け出した。
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マスター改めシーザー・クラウンが実験室へと戻り、モネと俺の2人きりとなった。意味ありげな視線は露骨に俺の事を試していて不愉快だ。舌打ちをひとつ鳴らしてから、お望み通り訊いてやった。
「アイツが何故此処にいる」
「ナマエがジョーカーのお付きをしていた事はとっくに嗅ぎつけていたんじゃなくて?ロー」
「此処にジョーカーはいねーだろうが」
「そう、居ないわ。それだけ信頼されてるのよ、あの子は。もしも裏切るような事があったら……フフ、どうなっちゃうのかしら」
元々俺の事情にクルーを巻き込むつもりは微塵も無かった。にも関わらず此処にはナマエがいた。再会できた喜び以上に何故ドフラミンゴの元にいるのか、知っていたこととはいえ改めて事実を突きつけられて思わず動揺した。勿論それを悟らせるような人間ではないはずだが、モネが相手だとどうもやりづらい。ふとローテーブルに落としていた視界に映り込んだモネの手には、いつだったかアイツが、ナマエの奴が嬉しそうに飲んでいた紅茶の茶葉缶。おそらくナマエ自身が持ち込んだものなのだろう。
「私ね、言ったの。アナタを気に入っているから敵にならないで、って。そしたらあの子、目をまんまるにさせていたわ。いじらしくて仕方ないわ」
「悪趣味だな」
「あの子はもうファミリーの1人。間違っても手駒にするなんて……思わないでね?」
「アイツは俺のモノだ。ファミリーだか何だか知らねーが変な手垢つけてンじゃねぇ。」
愛おしげに缶を棚に戻して部屋を出ていくモネにつとめて冷静に、ただひとつの真実だけを言ってやった。驚きの表情で思わずといった様子で振り向いたモネは、しげしげとこちらを観察してから、高らかに笑ってみせた。そして。
「ロー!貴方がファミリーからあの子を守れるか楽しみね!そもそも彼女は一度離れた貴方の手を取ってくれるのかしら?!」
モネの挑発めいた言葉に思わず口角が上がる。そんなモン、試すまでもなく結果は分かりきっている。どうせ俺の元に帰ってくるのだから、今ぐらいはファミリーに融通してやる。だが取り返す時は容赦しない。だから覚悟しておけよ……ナマエ?