Case.4

 『貴方はこの塔から出てはいけません』
 『正義の為だけに知恵をつけなさい』
 『正義の為だけに技を磨きなさい』

 『正義の為だけに
      ……その命を散らしなさい』





「んはぁ?!!!」

 どくどくと脈打つ心臓と嫌味に伝う吹き出す様な汗が此処が現実だと、先までの出来事は夢だったのだと知らせる。私は少しずつ呼吸を整えて、夜特有の冷えた空気を肺いっぱいにしたあたりで私はそっと測量室を抜け出した。
 部屋を抜けて間も無く見えた、未だ眠りから醒めぬルフィくんとそれを見守るジンベエさん。私は持参したカップの一つを手渡して、キャプテンは?とルフィくんの容態の如何を尋ねた。ジンベエさんは静かに首を横に振り、私はそっか、と小さく零す。

「そういえばナマエさんお主、元は海軍か?」
「あーやっぱ気になりますよねぇ」

 丁度夢でうなされてきたとこです、なんて笑ってみせたが、生真面目なジンベエさんは眉が綺麗なへの字になってしまった。ブラックジョークが通じるタイプではないらしい。丸椅子に深く座り直してアイスティーを一口だけ飲み、唇を潤した。
 別に当時は恐ろしいとかそんな自覚全く無かった。世界を知ったからこそ、私の元いた場所がいかに異常で、異端で、非情だったのか。それを知った今だから思い出すとゾッとする。ただそれだけの話だ。隠す事でもないのでクルーは大体が知っているし、知人も話す流れがあれば伝えてきた。海軍にとっては痛い腹だろうが、こっちには関係のない話だ。





 真っ白で歪みのない無垢な円柱。その中と少しの庭だけがあの頃の私にとっては世界の全てだった。生きる殺戮兵器として、賊を殺すために必要なことはなんだって教えられた。知識も技も、何もかも。
 それが当たり前だった世界を、突如壊して踏み込んできたのが、まだ立ち上げて間も無かったハートの海賊団、キャプテンことトラファルガー・ローだった。一緒にいたペンギンは女の子?!と驚いた様子だったが、建物を両断したキャプテンはツカツカと私に近寄り、爪先から頭のてっぺんまでをじっと見つめた。暫しの往来が続いたところで、小さく『ROOM』が私を包むように展開され、スキャンで内部をチェックされた。今思えば傷まみれの私を見て、内臓や骨に異常がないかを見ていたのだろう。

『お前はこの世界で満足か?』

 私の与えられた知識は断片的で、膨れた探究心は外の世界を求めていた。秘めていた想いを言い当てられて一瞬で心を掴まれ、差し出された手を掴んで今現在に至る。
 海軍に育てられた過去をもつ無能力者、それが私だ。





「何というか、壮大な話だのぅ……」
「まぁ奴隷扱いでは無かったのでまだ人権あったと思いますよ。知らなかっただけで」

 カラカラと笑ってみせたがやはりジンベエさんは困り顔のままである。魚人族である彼ならば言葉の真意が伝わっただろうが、それでも彼からみれば私は酷い過去をもつ人間に見えるのだろう。優しすぎるのも困ったものだ。ふと気配を感じて振り返ると、鬼哭を肩に掛けたキャプテンが空のマグカップを此方に傾けていた。ああ、とアイスティーの入ったピッチャーを持って並々と注いでいく。注がれてすぐに口に含んでから、「話したのか」と主語もなく問うのは昔から変わらない。

「話したよ、建物損壊者の話」
「そこかよ」
「はは!でも実際そうじゃなかった」
「腹立つ見た目だったから確かにぶった斬ったな」
「キャプテンの白嫌いは変わんないねぇ」
「良かったな、チビだったお陰で首とオサラバしなくて済んだな」
「うわ!ゾッとするからやめてよ」
「冗談を本気にするな」

 鼻で笑ってみせたキャプテンは何処か機嫌が良さそうだ。そんな彼の姿を、ジンベエさんはポカンとした様子で見ていた。

「で、麦わら屋はどうだ」
「脈圧オールクリア、意識は未だです」
「……ルフィくんは、起きるじゃろうか」
「それは……コイツ次第だな」
「キャプテン、多分起きるよ彼」

 身体を此方に傾けたのかカチャン、と鞘の音が聞こえた。きっと見下ろして私の表情を窺っているのだろう。私はとつとつと言葉をこぼしていく。

「何だろう、起きるっていう確信があるの。理由は訊かれても分かんない。でも起きる」
「……オメェがそう言うならいずれ起きるだろ。ナマエ、今のうちに寝とけよ」
「夢見悪くて起きたんだよ〜キャプテンの部屋行っていい?」
「……好きにしろ」
「やったー、じゃあジンベエさんも程々にして休んでくださいね」
「あ、ああ、ありがとうナマエさん」

 ジンベエさんのからになったグラスを掬い取って、そのままキャプテンの部屋へと吸い込まれていく。次の夢はきっと良い夢の筈だ。
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