Case.5

「ッ!!」
「どうした?ナマエ」
「ルフィくんが……」

 次の句がナマエの口から紡がれる前に激しい音を立てて麦わら屋が目を覚ました。心的外傷が思いの外根深いのか、錯乱状態のヤツは手をつけようが無いほどに暴れ散らかしていた。とはいえ目が覚めたのならば俺の役目は此処までで、関心はとっくにナマエへと向いていた。相変わらずの危機察知能力と言えばいいのか、或いは見聞色の類なのか、目覚める前にヤツの変化に気づいていた。噂に聞いた話では、見聞色を磨いていくと未来予知の域に達するという。コレもそういう事なのだろうか。ナマエのことはあの嫌味な塔で過ごしていた以前のこと、出生も含めて何も分からない。生まれも育ちも、親が何者なのかも。
 ようやっとこの島を出る目処がついた。元々次の動きは決めていたし、ついでに調べてみるのも悪くないかもな。

「れっレイリーさん!」
「おや、お嬢さんどうしたのかな?」
「……ルフィくんを、お願いします。彼は愛されているから、死なせちゃいけない、と、思う」

 ナマエと冥王レイリーのやり取りを聞いてまだそんな事言ってたのかとつい呆れてしまう。お前だってもう……

「過去の事は知らないが、今は君も愛されているはずだ。無闇矢鱈にそんな悲しいことを言ってはいけないよ」

 大切に思ってる人が悲しむからね。そう言って冥王レイリーはポーラータング号をどこか眩しそうに眺めていた。それからナマエは言葉の意味を正しく受け取ったのだろう。バッと俺の方を振り向いて、しかし目を合わせる事はなく視線は泳ぎっぱなしのまま、小さな声で「そう、ですか……」と言うからつい口角が上がってゆく。顔が赤いと指摘したら「陽射しのせいです!」と叫んで測量室に篭ってしまったが、そういうところが加虐心を煽るのだと、いつになったら気づくだろうか。

「そうだ、コレだけ君に渡しておこう」
「……これは、」
「あの子の生存に気付いた海軍……いや、政府は戦々恐々としているだろうね。暫くは人目には晒さない方が良い」
「……忠告感謝する。お前ら!船を出すぞ!!」

 野郎どものブーイングを受けながら俺も艦内へと足を向けた。果たして麦わら屋がこの後どうなるのか、それはアイツ次第でいくらでも変わるだろう。そんなヤツの決断を知るのは数日後の新聞でのことだが、俺は来たる二年後より先にやるべき事があると、まだ幼い、恐らくあの塔にいた頃のアイツの無表情と"ALIVE ONLY"の文字に頭を悩ませるのであった。殺してはならない理由が分からない。海軍の立場なら口を塞げばそれで良い筈だ。なのに何故。

「考えて出る答えでもねーか……」

 デスクチェアに深く腰掛けてようやっと張り詰めていた緊張の糸を緩め、そのまま暫しの眠りへとついたのだった。





「七武海入りに向けて動く。その間お前は船番だ」

 朝食のおむすびにかぶりついたまま、言葉の意味を咀嚼しきれず、おむすびすらも咀嚼出来ないまま不恰好にキャプテンに視線だけで問いかけた。何故、と。まったく見当がつかないわけではない。けれど、今のところ海軍からのアクションは何もない……はず………

「テメェの懸賞金だ、生存のみとはなってるが……まあ向こうは最悪死んでも仕方ネェぐれーにしか思っちゃいねーだろうな」
「「ナマエに懸賞金?!!」」
「……だからルフィくん拾いに行きたくなかったのに」

 やっと飲み込んだひと口目と入れ替えるように文句を言うが、この人に言ったところで響かないのは承知している。あの場ならROOMを展開したって良かった筈だ。なんせ既に相手に知れてる手札なのだから。なのにそこを私に動くよう言ったのはキャプテンで、これから大事な局面を迎えるのに最前線で戦う事ができない。どう考えたって結果プラスになることをはないのを、この人は絶対分かっている。分かっていたのに私に月歩を使わせたのだ。
 キャプテンが分からない。分からないけど、彼なりに私を守ろうとしている事だけは、間違いなかった。霧は晴れないまま、私は静かに「アイサーキャプテン」と呟いた。
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