Case.8

「あんな化け物どうしろってんだ!」
「生け捕りなんて無茶苦茶だ!!」
「命令がある以上何としても殺すな!」

 忍び込んだ彼女は身丈に不揃いな大剣を何でもないように振るい、時には体術で次々と海兵を黙らせていくその姿は何処か戦乙女のようだったと、後日新聞の一面を飾るのだが、そんな事は全く知らないナマエは無心で刀を振り続けた。これだけの人数を引き連れているなら、最低でも中将クラス、最悪大将クラスの人間が居るはずだ。奥へ奥へと部屋を進んでいき、ひとつの部屋の前で足が止まった。部屋の"場所"で考えればただの一般兵と変わりない扱い。ただ、感じ取れるオーラは確かに強者のものだった。殺意は感じられない。何処か引き寄せられるように、ナマエは扉を開けた。

「……おやァ、これはこれは可愛らしいお嬢さんが来てくれた。あっしは藤虎。金賭けなしで少し遊んで行きやせんかい?」

 その部屋にいたのは盲目の海軍兵・藤虎だった。卓上には賽が二つと丼、チンチロリンだろうか。扉越しに殺意は感じられなかったが、部屋に入って対話をして確信した。この人は敵意すらない。なんなら私を捕まえる気があるのかさえ怪しい。
 促されるままに膝をつき、船には珍しい畳の上に腰を下ろす。此方も敵意はないと示す為に、刀は少し藤虎の方に寄せて下ろした。意図を察した藤虎は愉快そうに笑ってみせてから、持っていた賽の目を振った。

「お嬢さん、賽の目は何ですかい?」
「……3ゾロ、です」
「じゃあ次はお嬢さんの番だ。気楽に振りなせぇ」

 手の中で暫し遊んだサイコロを丼目掛けて放り込む。紅の目が2つ、此方を見つめていた。ピンゾロ……思わず呟いてから、藤虎の手を引いて目の凹みに触れて確認させる。ほお、と感心したような様子で触れていた賽の目から素早く私の手を取った。驚きはしたが、変わらず敵意は感じられない。剣ダコひとつひとつを確認するようになぞる藤虎は、今何を考えているのだろう。

「いい剣士の手だ。あの場所から出た後も鍛錬を欠かさなかったんでしょうなぁ。何の為に?」
「……与えられる強さじゃなくて、私の為の強さが欲しかったから、です」
「はは、いーい答えだ。お嬢さんチップは?」
「え?あ、持ってます……」
「この船は目標を乗せたまま離島する。それに乗じてアンタは島に戻りなせぇ」

 藤虎の提案に目を見開いた。そんなの、完全な命令違反じゃないか。……いや、私が口外しなければ海軍が騙されたという体裁には出来るが、おそらくこの艦隊の指揮をとっている藤虎への処罰は免れないだろう。予想外のことに迷っていると、藤虎は傍に置かれた刀を差し出した。

「あっしは海軍だが、あっしなりの正義っちゅうもんがありまさぁ。理不尽な世界から、今度こそお嬢さんは自由になって良いはずだ。違いますかい?」

 捕まえるのは、次でいい。そう微笑む藤虎は、きっとあの塔の出来事を否定しているのだろう。そしてこれが彼なりの贖罪なのかもしれない。私はいつか敵になってしまう彼に深々と頭を下げて、彼の背後にあった窓から船外へと駆け出した。

「ナマエさん、次は剣で勝負しやしょう。……楽しみにしておきますんで」

 藤虎は開け放たれた窓を、何事も無かったかのように閉じた。さて、このチップはどう処理しようか。それだけが残された問題だった。





「ナマエ!!」
「キャプテン?!」

 駆け出した海の先に、見慣れた潜水艦がひっそりと浮かんでいた。甲板に居たキャプテンとシャチの姿に驚くのも束の間、シャンブルズでキャプテンに抱き上げられる形で引き寄せられ、思わず顔が熱くなる。

「……って、あれ?シャチは?」
「シャンブルズ使ったからな」

 私と位置を入れ替えられたであろうシャチが懸命に泳いでいる姿が見えて、なかなか鬼だなうちのキャプテン……と苦笑いがもれた。甲板に上がれるよう手を伸ばす為にキャプテンの手から逃れようとしたが、逆らうほどに強く抱き留められていく。嫌な予感が冷や汗と共に吹き出すのは気のせいだ。そうであれ。

「無断で動いたペナルティはちゃんと与えねーと。……なあ、ナマエ?」

 明日起きれるかな……びしょ濡れでキャプテンに文句を言うシャチを他所に、私は明日の自分を憐れんだ。既に腰が痛い気がするのは気のせいだ、気のせい。
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