Case.9
藤虎とのやり取りから幾月か経った頃、キャプテンはいよいよ宣言通りに七武海へと加入した。彼の過去ーフレバンスでの事件ーを思えば政府につくなんて矛盾している気もするけれど、私たちはキャプテンを信じてただついていくだけだ。ついていくだけ、なん、だけど……「なんで私が海軍本部に?しかもキャプテンと二人だけって、まさかキャプテン……!」
「別にテメーを差し出す訳じゃねェから安心しろ。向こうの申し出で、あの塔での出来事から、異常が無いか検査したいんだとよ」
呆れ気味にソファにどかりと座ったキャプテンは、おそらく私と同じ事を考えているだろう。後遺症が無いか、なんて言い訳はなんでも良くて、結局は実験体がその後どうなったのか、記録が取りたいだけ。見え透いた嘘を吐くぐらいなら正直な方がよっぽど誠実で友好な関係が築けるというのに、結局向こうにしてみれば公認だろうが所詮海賊、そういう事なのだろう。
医療室で採血やメディカルチェック、ひと通りの検査を済ませ急いで戻ろうと部屋を出ると、覚えのある気配につい声をかけてしまった。
「藤虎さん……?」
「これはこれは、七武海に加入されたとかで?」
「次会った時はなんて話しましたけど、良かったです」
「ほう?と、言いますと?」
「私は出来るなら……貴方に刀を向けたくないので」
その傷で閉じられた奥の瞳は、一体何を映しているのだろう。海軍だけど、何処か海軍とは少し違う根っこを持つこの人に、私は興味があった。海賊が絶対悪、海軍は絶対の正義、本当にそうだろうか。私という生き証人が居る以上、全てで無いにせよ、海軍の正義も絶対ではないだろう。権力を掲げて傍若無人に振る舞う島も幾度となく見てきた。正義とは、こんなにも不安定で難しい。
「……あっしも、出来るならお嬢さんとは稽古程度でお願いしたいもんです。海賊やってなきゃ、アンタ根っからの善人でしょう」
「そういう藤虎さんは海軍の中でも一際柔軟な正義ですね、素敵だと思います。そういう人が増えたらいいのに」
私の言葉に何か思うところがあったのか、ふ、と笑ってみせた藤虎さんは、そのままもと来た廊下を、豪快に笑いながら歩いていってしまった。私も急いでキャプテンの元へ戻らなくては。私もまた、来た道を思い出しながらその場を去る……筈だった。
「お前がローのオモチャか?」
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少し遡る事数十分前。丁度ナマエが医療室に居る頃、トラファルガー・ローは資料室を探っていた。調べているうちひとつはすぐに資料が見つかった。今探しているのはあの忌まわしき白い塔の記録である。これまでも探りは入れてきたが、機密保持の為なのか、いくら叩いても埃ひとつも出やしない。七武海になった真の目的は別にあるが、この特権を使わない手は無いだろう。
ふとドア越しに気配を感じて鬼哭に手を添える。敵か、はたまた……思考を巡らせていると、扉は開かれぬまま、寄りかかる様な軋み音をたてた。あくまで顔を合わせる気はないらしく、敵意も感じられない。
「右側の棚、上から三段目が実はカラクリになってましてね。仕掛け自体は簡単。そこにアンタさんの探してるネタはあるはずでさぁ」
「……何故教える」
「知らない方が良いこともありやす。……お嬢さんへ、あっしなりの贖罪、とでも言いましょうか」
「ナマエを知ってるのか」
「あの子を自由にしてくれたアンタさんには感謝してる、だから"ネタ"の場所を伝えた。あっしらの関係はこれっきり、これ以上の干渉は互いに不要かと」
やり取りをしながら言われた通りの場所のギミックを解いたローはひとつの資料を取り出した。ざっと文字を目で追う。全てに目を通してはいないが、間違いなくナマエと出会ったあの"白い塔"についてのものだった。
「助かった、礼は言う。だがそれだけだ」
「ええ、ええ。それで良い。ではあの子を宜しく頼みますよ。……死の外科医、トラファルガー・ローさん」
ふっと消えた気配。言葉から察するに、この実験に関与、或いは知る者、その全員が必ずしも良しと思っていなかったということだろうか。少なくとも彼女の身を案じてくれる存在がいたと言うことに何処か安堵している自分に驚きながら、そろそろ戻るであろうナマエに怪しまれぬよう、来た時と同じように来客用のソファにどかりと座り込んだ。
あどけない笑みを浮かべて帰ってくるアイツはきっと知らない記録の数々。こんな胸糞悪いもの、お前は知らないままでいい。ぱたぱたと遠くから聞こえる耳触りの良い足跡から隠すように、白い塔の過去は俺のコートの中に潜ませた。