神さまのはかりごと
玄界に訪れて初めて言葉を交わしたのは、髭のロングコートがたちかわさん、細目の心遣いある方がいずみさん、そして通信機越しに2人がやり取りしている相手がゆうさん、と言うらしい。彼らは玄界の近界専門の兵士で、近界に関する事は極秘事項にあたるらしい。なによりも衝撃だったのは、此方ではトリオン以外のエネルギーで生活が賄われているという。トリオン不足で生活が脅かされることはまず無いらしい。近界からすれば喉から手が出るほど欲しい環境だ。そのエネルギーシステムを学ぶ機会が得られれば、近界に戻った時にかなりの価値になるだろう。果たして今回の旅地にはどれくらいの滞在が認められるだろうか。私は好奇心とは別に僅かばかりの緊張を抱いて、彼ら兵士の所属する『界境防衛機関』のトップとの面会に臨む。
『大丈夫よ、何も心配要らないわ』
「ナル………」
『だって貴女はワタクシが護るもの』
「……そうだね、私もナルを守るよ」
いこう、そういって踏み出した足は少しだけ軽かった。
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ふと、そう本当にふと過った疑問だった。何の気無しに僕は空閑に、ただ浮かんだだけのなんの意味も持たない問いかけをしたんだ。
「お前みたいに国々を旅する人は他にも居たのか?」
「んー、オレが知る限りじゃ一人だけだぞ。惑星国家を渡る手段は稀少だからな」
「へぇ、面白い話してんね」
「おお、迅さん」
お疲れ様ですと頭を下げれば、いつもの笑みが返ってくる。迅さんは今日も多くの未来を視てきたのだろう。机に置かれたコーヒー缶の軽い音から、夜通し活動してたことが伺える。僕と空閑の話に入ってきた迅さんは、じっと空閑の顔を見ている。いや、空閑の未来を視ている。暫くして、やっぱりか、と漏らした迅さんに僕も空閑も、ついつい顔を見合わせてしまった。
「「やっぱりって、何が?」」
会わせたい人がいると言って連れられたのは本部の会議室。太刀川隊と遭遇した近界民、その人に僕ら……というよりは空閑のことを会わせたいらしい。サイドエフェクトが必要な相手なのだろうか?いや、そんな風ではなかった気がする。
疑問符を浮かべたまま聞こえた足音につられて入り口に振り向くと、隣に座る空閑が「あ、」と小さく漏らす。やってきたのは空閑と同じくらいの背丈の少女と、何処かレプリカを思い起こさせる小さな白いトリオン兵。緊張の中にも何処か楽しげな表情で会議室を見渡し、そして空閑でその視線は止まった。
「ユーマ?でも髪が真っ白、ユーゴさんとレプリカは……」
そう言いかけて口を閉ざした彼女の表情はみるみるうちに涙ぐんで、今にもわっと泣き出してしまいそうだった。空閑やヒュースを見ていると、近界民は大人びた印象があるけれど、彼女は年相応か、それより幼いのではないかと感じてしまう。席を立った空閑が彼女の背中をそっとさすって、オレは大丈夫だぞ、と慰めていた。
「やっぱり遊真と知り合いだったか〜」
「迅さん、だからオレのこと連れてきてくれたんだ。ありがとな、説明の手間が省ける。ナマエ、今ここには居ないけどレプリカは生きてるよ。親父はここだ」
「そっか、そうなんだね……」
「遊真、立ち話もなんだし彼女、座らせてやってよ。お偉いさん達も話したがってる」
そういってナマエと呼ばれた少女はハッとした表情で頭を深々と下げた。挨拶が遅れた事を詫びながら、自身とトリオン兵のことを話す。空閑の反応や態度を見るに、彼女は誠意をもって話しているのだろう。サイドエフェクトがなくとも、僕には彼女の精一杯の気持ちが伝わってくるような気がした。
「此方のルールは教えていただければ守りますし、出来ることはします。なので、少しの期間でもいいので玄界に滞在させていただけませんか……?」
『広い場所があればそこで今持っている近界の品々や鉱物、書籍などお出し出来ますわ。それからこの子もワタクシも高価な"知識"を持っていると保証致しますわ』
「ナル達の言ってる事はホントだよ。オレが向こうで初めて会った時から既に沢山のものを持ってたし、言語も多彩だった。今ならあの時以上じゃないかな」
僕たちが来る前にすでに一度上層部と迅さんの間で会議は行われていたらしく、近界民であるにも関わらず、即決でナマエさんの滞在が許された。漸く会議が終わり空気が緩むと、(会議中寝かけて一度忍田さんに怒られていた)太刀川さんが勢いよく席を立つ。お目当てはナマエさんのようだ。
「お前……ナマエだっけ?手合わせしようぜ、手合わせ!」
「ちょっと太刀川さん、彼女こっち来たばっかで疲れてんのに駄目ですよ」
「なんだよ出水、お前も気になるだろ?やっこさんの戦い方」
その言葉に皆の視線が出水先輩に向けられる。そりゃまぁ……と満更でもなさそうな様子で返す姿は、いつも空閑とランク戦をしている姿そのものだ。そしてその言葉に反応したのは意外にも空閑だった。
「やるなら止めないけど、ナマエとタチカワさんは相性悪いと思うよオレは」
なぁ?とナマエさんに振ると、苦笑気味にどうだろうね、と返す姿が映る。相性が悪い、とははたしてどういう意味なのだろう。不思議そうな僕に気づいた空閑が、あのな、と僕に向けてこそりと話しだす。
「ナマエは基本コロシはしないから、斬り合いとか向かないんだ。だから多分タチカワさんは面白くないと思う」
「ああなるほど、そういうことか……」
「ただ、強いぞ。殺さない方が難しいことだってあるからな」
そんな空閑の言葉の裏を読んだのか、残っていた上層部の唐沢さんは軽快に笑い出した。忍田さんはどこか複雑そうだ。ちょっと分かる気がする。
「情報の為なら両腕落として脅すくらいはしますよ、あ!勿論生身相手にはしませんけどね」
笑顔でそう答えた彼女に、ああやっぱりこの子も近界の人間なんだなと、出会いたての頃の空閑を思い出しながら、僕はただただ黙っていた。沈黙は金、だ。
コード
20220917公開
Image by Matthew Brindle from Unsplash.