わたしを知らないあなたへ

『私はもう少しだけキド司令サマと話したいワ』
「そうなの?でも後からナルだけ来るのは」
「心配ない、私が責任を持って案内しよう」
『アラ、甘えても良いかしら?シノダサマ』
「ああ、構わない。慶、ナマエのこと頼むぞ」
「太刀川りょーかい〜」

 不安気な視線が慶達に連れられて扉が閉まる。さて、と前置きをしたのは城戸司令で、ここからが本番だとでも言いたげに口を開く。と、言うのも、トリオン兵である彼女から、此処に来てすぐに『ナマエ抜きで交渉がしたい』と秘密通信が届いたからだ。この場で唯一(見た目はそのままだが)トリオン体だった私は、すぐに城戸司令に合図を送っていた。そうして場に残ったのは私と城戸司令、それから唐沢、鬼怒田、迅だ。

『改めて、この度はあの子の受け入れに感謝申し上げますワ。既知のユーマも居たからかしら。あんなに笑うあの子を見たのは久しぶりで……何処まで提供したら返せるかしラ』

 そう言いながら暗い部屋に何かのリストが載ったモニターを映し出したナル。あくまで見せたいのは内容ではなく、量のようだ。鬼怒田さんがおお!と歓喜の声をあげている。

「これは全て貴様に搭載されておるのか?」
『トリオン生成された特殊な紙面ですの。必要であれば実物をお出ししますけれど、出来れば広い部屋で纏めて出してしまいたいワネ』
「なるほど、圧縮して体内に保管しておるのか……」
『ワタクシ、戦闘補助はカラッキシですけれど、こういった分野が得意なの。だからどうか』
「何度も言うな。お前もお前の連れもキチンと安全を保障する。必要があれば身分もだ。唐沢」
「ナマエちゃん一人ならどうとでもしますよ。仰せのままに」
「これで満足か、迅」

 突然割り入った名前に思わず全員の視線が迅へと向かう。私たちの知らない所でまた迅と城戸司令は取引をしていたのだろうか。迅はいつものへらりとした笑みで「うん、ありがとう」と心中を何処か悟られないようにさっさと部屋を出ていった。

『迅……アノヒトはナマエの正体に気付いてるのネ』

 クスクスと小さく笑う、トリオン兵らしからぬ行動に疑問を抱いていると、城戸司令からとんでもない事実が飛び出してきた。

「迅は言っていた。玄界から近界に連れ去られた者がもとより腹の中に抱えていた赤子だと。だから近界民ではない」
『生まれは近界だけれど、両親共に此方の人間で合っていてよ。流石ね。ユーゴが勧めるだけのことはあるワ』
「………何に、有吾さんは勧めたんだ」
『あの子の……ナマエの永住先に。心から大人を信用して生きていい場所に、ネ。』



「こうやって擬似的に戦闘が出来るの?!すごい!」
「界境防衛機関の外にも驚くことが沢山あるぞ」
「ユーマは此処に来てそこそこ長いのでしょ?」
「まあね。ぬ、あれは……」

 遊真にとってはすっかり馴染みの個人ランク戦ブースにナマエを案内すると、そこにはこれまた彼にとって馴染みのある顔がちょうど此方に向けられていた。よねや先輩、と遊真が声をかけると、片手を上げながら反対の手はポケットに入れたまま、此方へと歩み寄る。

「よう空閑、知らない奴連れてるジャン?……あ、弾バカもしかしてこの子が噂の?」
「そうそう、ナマエ……さん?」
「呼び捨てで良いですよ。お世話になる身なので」
「じゃあナマエだな。オレらのことも敬語無しでいーよ。な、槍バカ」
「うるせー弾バカ。オレ米屋陽介、よろしくな」
「おーい早くやろーぜ」
「あ、太刀川さん忘れてた。オレもしたいです、ジャンケンしましょジャンケン!」

 ほらよ、と前置きなくナマエに差し出されたミルクティーは今し方買ってきたのか温かい。ナマエが初めてのプルタブをじっと見つめていると、遊真が慣れた手つきでかしゅ、とプルタブを持ち上げた。おお、とそれすら感動に浸るナマエの姿に一同は何処か微笑ましさを覚えた。遠征で見てきたどの近界民よりも無邪気な彼女は、何処か人を惹きつける魅力があるのだろう。

「あ、あのっ、模擬戦はいいけど、武器は?私どうしたらいい?」
「迅からこれ預かってるぞ、多分すぐ使いこなせるってよ」

 トリガーオプションを聞いた遊真がおお、と感嘆している様子から見るに、ナマエの戦闘スタイルに概ね寄せたセットになっているのだろう。最初に遊真とフィールドに出て、トリガーの具合を確認する。その間に太刀川、出水、米屋でジャンケンをする。三雲は加わらずに三人の本気のジャンケンを見守ることに徹した。



リンク文字少年にキス

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20220917公開
Image by Matthew Brindle from Unsplash.



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