歌い続ける心拍数

「やっりぃ〜!!一番手はオレ!」
「そこは隊長に譲れよ、な?」
「太刀川さんダメですよ、絶対一戦ずつって言っても5本10本って増えて代わってくれないじゃないスか」
「お待たせ先輩、多分イケると思うよ」

 部屋から空閑だけ出てきてそう言う。この短時間で他国のトリガーの仕様を把握するのは、戦闘スキルが高いか、純粋に地頭が良いのか。何にせよ空閑の笑みから楽しませてくれることだけは確かだと、空きブースにオレは入室し、ナマエの部屋に模擬戦を申し込んだ。

 転送先では柔い笑みを浮かべたナマエが後ろで腕を組んで待っていた。構えているわけではないのに隙を感じられないのは、流石近界を一人生き抜いてきただけのことはある。
 トリガーオプション曰く近・中距離タイプな彼女に詰められて良いことはひとつもないだろう。素早くトリオン分割してバイパーの軌道を引いてゆく。これでもバイパーには一家言ある、はずなのに。1秒にも満たないはずのその動作さえ、まだ慣れないであろうグラスホッパーとおそらく持ち前であろう身体の柔軟性を使って彼女はお見通しとでも言いたげに引いた線の全てをすり抜けてゆく。
 やられた、と思った時にはもう遅かった。斬り飛ばされた両腕は視界の外へと消えてゆく。そして床めがけて覆い被さってきた彼女はピタリ、と喉に切先を向けたまま、先程までの動作全てが嘘のように柔く微笑んでいた。ああ、なんてアンバランスなんだろう。

「ねぇ、降参してくれる?」

 囁くように請われた願いに、出水は思わず息を呑む。答えは言うまでもなかった。



 ナマエは最後に会った時からすでに完成されていたな、とふと過去に思いを馳せる。しなやかで、そして綺麗な動作はとても戦場という場に於いては不自然でしかない。年不相応だった艶やかさも、今ではすっかり馴染んでしまっているようだ。ここにレプリカが居たら何と言っただろう。そんなたられば、考えた所で意味なんてないのに。
 いずみ先輩に続いてよねや先輩が対面する。近距離同士の戦闘は何度か刃を交えたのちに、ナマエのフェイントに引っかかったよねや先輩の心臓が貫かれた。意外と容赦ないな、アイツ。

『アラ暴れてるわね』
「随分お転婆になったな、ルナ」
『でも今の場面なら首と飛ばすべきじゃなくて?』
「はは、それはそーだな。そこは相変わらずだ」
「話に聞いていた以上だな、彼女は」
「シノダさん、今は分かんないけど、昔は勝ち越したことないんだよおれ」
「遊真くんが?!それは……」

 目を丸くしたシノダさんにナルはクスクスと笑っている。懐かしい笑い声につい目尻が下がってしまう。画面越しに変わらぬ笑みでタチカワさんに対面するナマエを見て、楽しいことになりそうだ、とおれはナルと二人顔を見合わせて、笑った。



『ナマエ、シノダサマが此処の一室を貸し付けてくださるそうよ』
「ほんとに?野宿の覚悟してたから嬉しいです!」
「こんな少女を一人放り出せるわけがないだろう?約束は守る、丁重にもてなすさ」

 両手を上げて喜ぶ姿は先程オレの腕を吹っ飛ばした奴と同一人物とは本当に思えない。いくつか伝達事項のやり取りをした忍田本部長は太刀川さんを連れてその場を去っていった。部屋の場所までは案内頼む、とオレに託して。ちなみに空閑と三雲は玉駒の夕飯の時間になるので太刀川さん達の戦闘途中で帰っていった。

「たちかわさんはしのださんの弟子なの?」
「そうそう、親に『躾してくれ』とか何とか」
「手のかかるトップアタッカーなのね」

 ふくふくと笑うナマエは少し楽しそうだ。結局太刀川さんとの模擬戦は彼女のトリオン漏出過多で幕を閉じたが、大怪我と言うほどの傷を負うことは最後まで無かった。太刀川さんは頬に切り傷をひとつ貰っただけだったとはいえ、彼女の強さは確かだった。

「でも人間、全部完璧じゃつまらないから、それくらいが良いと思うの」
「それはこれまでの経験則?」
「そうね、色んな大人を見てきたから」

 目を細めて微笑む姿が先の戦闘の姿と被る。ぞくりとしたが決してオレはマゾではない、決して。ふと視線をずらせば危うく部屋を過ぎる所だった。此処だと告げれば、ナルが界境防衛機関内部の地図を照らし出してピンを留める。先程渡されたトリガーを翳すと開くよ、と告げたがナマエはなるほど、と言うだけで部屋に入っていく様子がない。どうかした?と訊ねると、何処か言い辛そうに口をまごつかせている。

『イズミ、貴方の隊室もあるのかしら?』
「ばかナル!!」
「あ、そんなこと?いーよ、こっち」

 数歩後ろでやいやいと言い合うナルとナマエは親子のような親友のような、さぞかし仲が良いのだろうと思う。部屋には柚宇さんがいる筈だ。此方に暫くいるのであれば、同性の知り合いがいた方が何かと良いだろう。なんせここまで知り合ったのは全員野郎だ。
 A級隊の部屋が並ぶフロアに着くと、任務終わりなのか、帰り支度を済ませた三輪隊に遭遇した。

「よ、さっきぶりじゃん」
「よねやくん、此方の方は?」
「ウチの隊長だよ。三輪秀次っつーの」
「ナマエです。暫くお世話になります」

 深々と頭を下げたナマエの姿に少しだけオレの肝がヒヤリとした。なんせ三輪隊長といえば近界民嫌いの筆頭だ。何処まで情報が伝わっているか分からないだけに、近界から来た彼女に対して果たしてどんな反応を示すのか。

「……三輪だ。敬語はいらねぇ」
「三輪さん、優しいのね」

 フン、と鼻を鳴らしてそのまま通り過ぎてしまった背中に、米屋がニヤニヤしている。最近あんな感じよ?ウチの隊長。なんて楽しげに言い残して駆け足で背中を追いかけていった。ふと彼女の返しに疑問を感じて視線を向けると、「彼、近界民嫌いでしょ」と困り顔。初対面のあの数瞬でよく分かったな、と驚いたが、それが彼女の生きる為の術だったのだろう。
 今日オレ驚いてばっかだな。そんなことを思いながら隊室にトリガーを翳して柚宇さんに声をかけた。

「おやおや〜?可愛いお客様がおるね〜」
「例の客人だよ。ナマエ、こちら柚宇さん。通信で名前出てたろ?」
「女性は初めて!嬉しい、仲良くして欲しいです!」
「わたしも〜。敬語いらないよぉ、仲良くしてねナマエちゃん」

 お、今日一番の笑顔だ。部屋案内を任された役得だな。オレは箱の中からひとつ蜜柑を取り出して、暫し絶えないだろう二人の楽しげな会話を眺めることにした。



リンク文字少年にキス

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20220917公開
Image by Matthew Brindle from Unsplash.



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