召しませ私をお好きにどうぞ
初めての玄界の夜は、慣れない上質な寝床になかなか寝つけなかったけど、気づけばぐっすり、すっかり朝を迎えていた。
「よっ、こっちの夜はどーだった?」
「遊真!……と、そちらは?」
「こなみ先輩、おれの今の師匠だよ」
「ナマエです、はじめまして」
朝からナルは鬼怒田さんに呼ばれて不在の中、突然の来訪者に驚いた。なんてったって、あの強い遊真が師匠と認める腕の持ち主が、こんな可愛らしい方だなんて。やはり見かけで判断するのは良くないね。
「小南桐絵よ。今日はアンタの身の回りの物買いに連れ回しに来たわ!」
「買い……連れ回し……?」
「こな先、昨日からこの調子ですげー楽しみにしてたんだ。外出許可はシノダさんにもらってあるから安心していいぞ」
私の懸念点をお見通しな遊真は得意げに笑って私の手を取り、部屋から外へ一歩、踏み出させてくれた。
玄界の発展は目覚ましいとたくさんの国で聞いてはいたけれど、ここまでとは思わなかった。とにかく人が縦横無尽に行き交っているのに殺気のひとつも感じない。勿論怯えたり、悲しんでいる姿も少ない。それだけこの国が近界に比べて守られている証拠なのだろう。
そんな風に惚けていたら、こっちこっち!と楽しそうなきりえちゃんに手を引っ張られて服がたくさん陳列されたお店の試着室に押し込まれた。渡された服を順々に試着していると、遊真は新鮮だなーなんて他人事のようにぼやいていた。いや実際他人事なんだろうな。私が必死に怒涛の試着責めを受けて厳選されたカゴいっぱいの服飾品は、満面の笑みできりえちゃんがレジに持っていこうとするのを必死で止めたけど、「これからこっちで過ごすのに必要でしょ。お金も本部の上層部から出てるわよ」なんて言われてしまえばもう何も言えなかった。確かに私の手持ちの服だけでは長期滞在するのは難しい。少しの心苦しさを感じつつも、いつか恩返しをしようと強く心に決めて、大きすぎるショッピングバッグを受け取った。
「せっかくだからひとつ着ていきましょ」
「え?!ど、どれがいいんだろ……」
「おれ最初のワンピースと黒の靴がいーと思うぞ」
「黒……ああ、パンプスのことね。ワンピースだけだと少し肩が冷えるから合わせてカーディガンもタグ切って貰いましょ」
そうして再び押し込まれた試着室。待たせてはいけないと思い、元着ていた服は畳み、壁にかけられたワンピースを手に取る。ぱっと見は黄色のワンピース、でもよくみると白い小花柄が散りばめられていて、なんというか、かわいい。こんなものを着る日が来るとは思ってもなかった私は、少しだけ緊張しながら身体を通していく。最後にシアー素材のロングカーディガンを羽織ったら完成。鏡の前でくるりと回ってみる。こんなの着てたら戦えないね、なんて今ここには居ないナルに呟いた。
「やだ可愛いじゃない!靴はどう?痛くない?」
「今は大丈夫、履き慣れない形の靴でそわそわするけれど」
「そしたら本命のあそこに行くわよ!」
「あそこ?」
チラリと遊真を見ると「おれも初めてだぞ」と言うので、着くまでは分からないらしい。たくさん並んだ建物に映る自分を横目で見ては、なんだか自分じゃないみたいでむず痒かった。そんな私に気づいたユウマが「似合ってるぞ」なんて言うから、肘で少し小突いてやった。
「………おおきい、甘い香り」
「ここずっと来たかったのよー!スフレパンケーキのお店!さっ、冷める前に食べるわよ!」
「イタダキマス、ん、んまい。ふかふかだ」
警戒している私を見て率先して食べてくれた二人の、聞き慣れない挨拶に頭が囚われた。いただきます。確か昨日こちらに来てすぐ読んだ本に書いてあった挨拶だ。挨拶というよりは、儀式的なものに思えたけれど。言い慣れない言葉は少しずつ慣れていこう。今は美味しく目の前の食事をいただくために、私も儀式をしなきゃ。目立たないよう、声を潜めていつも通り右手を胸元に添える。
「あるじよ、我らが神よ。今日という日も食を囲う喜びを与えんことに感謝を。隣人と食を慈しむ刻に幸あれ……い、イタダキマス」
「お、懐かしいなナマエのその挨拶」
「向こうらしいっちゃらしいわね……」
玄界の、少なくともこの辺りの人間はあまり神を強くて信仰していないらしい。居ても少数で、それがこの国らしさでもあるときりえちゃんは言った。
そんな自由で豊かな国で初めて食べたスフレパンケーキは、とても優しい味がした。
コード
20220917公開
Image by Matthew Brindle from Unsplash.