「ナマエがやってるのって何のバイトなんですか?マスターがいるってことはウェイトレスか何かですか?」
「それだけじゃないわ!レオっち絶対びーっくりするわよ?ごはんも美味しいし居心地良いし〜」
「あー姐さんあそこの常連だもんな」
僕とザップさんが退院してからしばらくして、ナマエにバイト先に来いと電話が入った。入院中に約束していた奢りの話を覚えてくれていたみたいだ。正直な話僕は悪いから良いよ、と返したんだが、この畜生先輩が勝手に日程をナマエと決めちゃって、こうしてK・Kさんとザップさんと3人で向かうことになった。
向かう道のりはそれはそれは生存率の低い場所ばかりで生きた心地がしなかった。幸いザップさんもK・Kさんも居たから死ぬようなことは無かったけど、これは一人で帰ることにならないようにしないと。
ふとザップさんの足が一件のお店の前で止まった。どうやらここがナマエのバイト先らしい。軽快なピアノの音と、人の賑やかな声と料理かな?の香りががわずかに漏れている。先に入ったザップさんは迷うこと無く1段上がったテーブル席に着いた。僕も慌てて追いかけて席に着く。メニューを持ってきてくれたギルベルトさんに似た容姿のマスターがザップさんと話しているのを横目に、バイクを置きに行っていたK・Kさんを手招く。
「よおマスター、『These two lives will never unite』は何曲目だ?」
「先ほど2曲目が終わって休憩に入りましたので、次がそうですよ」
「ザップっちーほんとその曲好きねぇ。私はえーっと…あれよ、ジャパニーズの歌が好きよ。ナマエっちの声に合ってるっていうか」
「声?合ってる?」
「見てればわかるわよレオっち。マスター料理はお任せして良いかしら?」
「ええそうおっしゃると思いまして、今日はローストビーフをお持ちしました。ワインも良いものが入ったばかりなんですよ」
ワインにローストビーフ!と酒飲み2人が目の前のごちそうに目を輝かせていると、照明がワントーン落ちて、ピアノの方にスポットライトが向けられる。ピアノと僕らのテーブルは対角線の位置にあるけれど、店内で唯一一段高いテーブルだから、座高の低い僕でもピアノが足下までよく見えた。突如わっ!と沸き立つ歓声。みんなの目線をたどると……いつもよりひときわ綺麗な彼女がいた。こちらに気づいたのか、彼女は進行方向を変えて此方に向かってくる。
「わ……ナマエ、すごく綺麗だね……」
「今日は来てくれてありがとうレオくん!約束通り敬語治ったし、今日は奢るから好きなだけ食べてって!」
「まじかよヤリィ!」
「お前じゃねーよ銀猿!てかお前はいつツケを払うんじゃい!!」
「あーっ!俺のローストビーフ!!!クソナマエてめえ皿返しやがれ!!!」
騒ぐ二人のケンカップルを横目に、俺は目の前のチキンにかぶりつく。肉汁が一気に溢れ出てきて、まるでスープみたいだ。何度も噛んで久々のご馳走をゆっくり堪能する。ふと頭に疑問が浮かぶ。無意識に声に出していたのか、ケンカップルの視線がこちらに向いた。
「クラウスさんよく許しましたね。あんなにシスコンなのに」
「あ、それはねぇ……」
「くらうすおにーちゃん、あたしバイトする!」
「……!何か不満なことがあったのかい?欲しいものがあるなら」
「ちがーう!お外でたい!出たい出たい!」
「ぼっちゃま、ナマエ様は自立したいのですよ。」
当時齢5才だったナマエはラインヘルツ家に来てまだ間もなかったが、流石は子供の精神。家の中だけでは飽きてしまったのだろう。クラウスはどうしようかと考えあぐねていると、ギルベルトが助け舟を出してくれた。
「ナマエ様、ぼっちゃまとひとつ、お約束をしてはいかがでしょうか?」
「おやくそく?」
「いずれぼっちゃまはこのラインヘルツ家から出て自立されることでしょう。その時、ナマエ様にはいっとう素敵なお部屋をご用意致しましょう。もちろんアルバイトはご相談いただきたいところですが……要は予定にするということです」
「それがいい!おにーちゃん、ナマエとゆびきりしよう?」
「で、私の部屋もライブラに出来たってワケ。バイトはあまりにも制限が厳しいんで決まってから報告したの」
「清々しいぐらいの裏切りだ!!やり方がえげつなさすぎる!!」
「陰毛頭驚き過ぎ。つーかしばらく俺らの方が大変だったんだかんな?出勤日に交代で見張りやってよぉ」
「でもあの時ザップっち満更でもなかったでしょぉ?そんなことよりナマエっち!早く聞かせて頂戴?」
オーケーマム、と冗談っぽく言ったナマエは再びピアノに向かい、着席した。彼女が目をつぶって、2拍。フォルテッシモ。突然のピアノの弾音と彼女の歌声が、一瞬でこの場の空気を独占した。力強いのに、なんて悲しげな音なんだろう。
ふと盗み見たザップさんは、今まで見た中で一番真剣な顔つきだった。(いつもこうならいいのに。)おいレオ、と声をかけられて心を読まれたのかと思い反射的にでた謝罪の言葉。ザップさんは「コイツとうとうヤバくなったか」と言いたげな目線を送ってくるけど、話題を変えてうまく逃げた。
「なんで呼んだんですか?」
「この曲名覚えてっか?」
「えっと確かThese two……」
「『These two lives will never unite』。わたしとあなたはひとつになれない、だ。」
「ひとつになれない……」
「ナマエ……あいつは誰を思ってこれを歌ってるんだろうな」
「ぷっ……ザップさんは思い当たる人、いるんじゃないですか?」
「は?!!なわけねーだろタコ!!」
「タコは貴方でしょーが!そんな顔真っ赤にして知らないって言われても信憑性無いわ!!」
「レオっちほっときなさいよ。どーせザップっちのことだから自惚れじゃないかーとか思ってるんでしょー?」
ねー?とワインに頬ずりをするK・Kさんは既に出来上がっているのではないだろうか、というほどの満面の笑みだった。的を得ていたのか当のザップさんは小さく舌打ちをして再びピアニストを見つめ直していた。きっと無意識に零れたであろう「すきだ」という彼の言葉に思わず咀嚼が止まる。
ああ、なんてもどかしくてずるい人なんだろう、この人は。
きみにきこえないようにいのる