「で、なんで唐突に出かける羽目になるのよ!」
「いーだろサングラス貸してやったんだからよぉ!!」
あの後私はザップに手を引かれ、執務室で半強制的に食事をとらされた。普通ならいわゆる「あーん」をしてくれる彼にときめいたり恥ずかしがるべきなんだろうけど、あまりのプレッシャーにそんな心の余裕は皆無。(ちなみにそんなザップの勢いにレオくんもギルベルトさんも気圧されていた。)
食事を終えると、今度はひょいとランブレッタの後部座席に乗せられて今に至る。どこに行くのかを何度聞いてもザップは知らんぷり。目の腫れは確かにサングラスで隠れたけれどやっぱり外出する気にはなれなかったし、そもそもそういう問題じゃないと思う。
「あれ、ここで降りるの?」
「中の店に用があンだよ。いくぞ」
着いたのは隔離居住区の貴族(ゲットーヘイツ)。手荒に手を引かれてけつまづきそうになりながら必死に人ごみの中ザップを追いかける。今日は日曜日。ファミリーからカップルまで随分と賑やかだ。ふと引かれる力を失って手がぱたんと私の元に帰ってくる。アクセサリーの類にずぼらな私でも知ってる有名店だ。接吻を意味するネームプレートは愛らしく、けれどおしとやかに私たちを招きいれてくれる。
「あらー?誰かと思えばザップちゃんじゃない!ご依頼の品は出来てるわよ」
「おう。サイズチェックしてやってくれや。このちんちくりんだから」
「ちょっ、ちんちくりんって私のこと?!」
「他に誰がいんだよクソナマエ!!早く行って来い!!」
「わわっ……!押さないでよ!」
「この子がそうなの?可愛らしいじゃない!ザップちゃんには勿体ないわね」
背中を押されてザップを見知る女性の前に押し出された。私は訳が分からず、言われるがままなされるがままカウンター前の椅子に座り、左手を差し出す。メジャーを軽く当てて「ぴったりね」と微笑んだ女性は店の奥へとひっこんでいった。間もなく戻ってきた女性の手には信じがたいものが。私は一体どういうことなんだとザップを見上げる。するとザップは得意げな顔で私の薬指を人差し指で撫でた。
「オメーがぐーすか寝てる間に測ったンだよ」
「そうじゃなくて……」
「ナマエのくせにいっちょまえに文句でも言うか?」
「いや、文句は……ない、けど、」
じゃあいーじゃねーか。そう言ってニヤリとしたザップの指には、確かに先ほど店員が持ってきたものといわゆるペアのものが優しくきらめいている。しかも私のは……左の薬指。左手の、薬指?
「い、意味分かってるの?とうとう脳みそ煮崩れたの?」
「あーうるせーうるせー。言っただろ、嫌だって言っても聞かねーぞって」
「は?……あ、」
今の今まで忘れていた、彼からの初めての直接的な口説き文句。ぶり返した羞恥と焦りで顔の火照りと背中を伝う汗が止まらない。そんな私の姿に満足げな顔をしたザップは再び私の手を引いて店を出て行く。私がお代は、と漏らして振り返ると先ほどの店員がにこやかに手を振っている。私は「メルシーボークー!」と御礼を告げて、引かれるまま再び人混みを掻き分けて行った。
「あれ?他にもどっか行く訳じゃなかったの?」
「どっか行きたかったのかよ」
「そうは言ってないけど……」
あのあと私たちは再びランブレッタに乗って来た道を一切違わずつい数時間前まで引きこもっていた私の自室まで戻って来た。辺りはすっかり暗くなっていて、私はカーテンを閉めに窓際に寄った。すると背後でカチリ、と無機質な音。振り返るとザップが後ろ手で部屋の内鍵を閉めた音だと気づいた。何故閉めるのかを問いかける間もなく、私はお気に入りの天蓋付きのベッドに放り込まれる。顔の真横に手をつけばいいものを、ザップがあえて肘をつくものだから、顔の距離が近すぎて逃げるに逃げられない。耳に感じる生温いザップの舌に身体が震えた。
「やだっザップ……っ!」
「俺がどんな思いでいたか知ってんのかよナマエ」
「知らないわよ!!」
「……このクソアマ。」
いいか?まずオメーは女の癖にあんな際どいドレス着て囮捜査してんじゃねーよ!あ?ミッションだから仕方ない?オメー好きな野郎が居るくせに無防備すぎんだよバーカ!!そんなんだから堕落王に一本釣りされんだろーが分かってんのかよ俺があのときどれだけ心配して、どれだけ自己嫌悪したのかを!隣に居たのに連れてかれたんだぞ?!好きなやつがよ!!!しかも戻ってくる時はこっちの話も聞かずに「あとはよろしく」だと?舐めてんのかクソアマ!!!俺は無事かどうかを聞いてんだよ「なう」とか喧嘩うってんのか?買うぞ?買ってやろうか?その後も助けて貰った相手の告白まがいの発言もスルーで呼び出しもガン無視ってか?どんだけ胆が据わってんだ逆に尊敬するわ!!!あとあれだ、随分前から思ってたことだけどよぉ、バイト先もっと他に無かったのかよなんであんな危険中の危険な場所にしたんだよ馬鹿か?馬鹿なのか?そうだよなぁ馬鹿じゃなかったら「自分の力じゃ誰も守れない」〜だなんて戯れ言いわねーよなぁ。オメーいい年して適材適所もしらねえのか?とにかく結論はあれだ、オメーはなぁ、
「大人しく俺に守られてればいいんだ」
「ザッ、プ……」
なんでそんな泣きそうな顔なの。そう聞こうとして口を噤んだ。今の彼には聞いてはいけないような気がして。でも察しのいい彼は私の首筋に顔をうずめてくぐもった声で、二度と起きねーかと思った。とぼそりと言う。声とは反比例して力強い彼の抱きしめる力に、私はもうどこにも行かないよ、と背中を撫でた。ぴくりと一瞬だけ反応を見せた彼の口から「Je t’aime * croquer.」と聞こえたので「駄目だよ」と返せば、ふてくされた顔の彼が私を一瞥して再び顔をうずめた。
幸せすぎて脳みそが煮くずれたのは私のほうだったのかもしれないな。
「そんなことがあったんですね!でもナマエが元気になって僕安心したよ」
「へへー、お騒がせしてごめんね、レオくん」
私にしては珍しく、外出先でランチに舌鼓をうっていた。レオくんに3日前の出来事を話しながら。(もちろん言われたことを教えただけで、ななな舐められたとかそういう話はしてないよ!)レオくんはこてんと首をかしげて「Je t’aime * croquer.ってフランス語だよね?どういう意味なの?」と聞いてくる。ついいたずら心がうずいてしまった私はそっとレオくんに耳打ちする。「ザップさんらしいと言えばらしいね」「でしょ?」顔を真っ赤にした彼に、私の顔はきっとあの日のザップのように満足げなんだろう。
「ん?なんか外が騒がしいな……しかも聞覚えるある、あ」
「……あンのクソモンキー、」
ふと騒がしい店の外に目をやると、一体どれだけの悪事を働いたらこんな運が悪くなるんだろう?と疑問に思ってしまう程にタイミングの悪いザップの姿。いわゆるボンキュッボンな女性を両手にこさえたその姿は、とてもじゃないけど世界の均衡を守るライブラの一員とは思えないものだった。私たちはお代とチップをカウンターに置いて店の外へと出る。
「ねーザップちゃぁん、今日泊まりに来ないのぉ?」
「そんなに言うなら行っちゃおうか、な」
「ザップ、Je t’aime * croquer.って『食べちゃいたいぐらい愛してる』って意味なの、知ってた?」
「ちょっ、ナマエなんでここに……」
「うふふ、私も同じ気持ちだよ?……お前の下半身も噛みちぎって跡形も無く咀嚼してやろうかあああああああ!!!」
「うぎゃーーーーっ?!!!」
貧血を起こした挙句レオくんの視界混交で身動きのとれないザップに、華麗に私の膝蹴りが決まる。道に倒れたザップなんかもう知らない!ナマエごめんちょっと待ってくれよと小さく言ってるけど知らない!え?ボディータッチを禁止してる私が悪いって?それが一番知ーらないっ!!!
さて君の海は思ったより深い