「え、レオくんどーしたの?」
「区間クジで好立地になったとかで、ご自宅のマンションから追い出されてしまったそうです」

 執務室のソファを占領していたのは珍しくザップではなくレオくんで、うんともすんとも言わない彼の代わりにギルベルトさんから回答が返ってきた。私はソニックの見上げてくる視線にくすりと笑みを零す。スティーブンさんが「活動資金を上げてやらないのか?」と聞くと、ギルベルトさん曰く基本額以上は受け取りたくないと本人が言ったらしい。

「少年も律儀だねぇ……」
「そうだ!ギルベルトさん、私の部屋の私物纏めておいてくれる?あとでマイホームに持って帰るから」
「承知しました、ナマエ様」
「レオくん、次の家が決まるまで部屋使っていーからね?御愁傷様」
「えっいいの?というかマイホームって……」
「やだぁ、まさかあそこが本当に私の家だと思ってたの?流石にプライベートぐらい仕事を忘れて過ごしたいよ」

 ちゃんと住む家はあるから使って大丈夫だよと伝える。ソニックの顔を一瞥してから私を見上げたレオくんは心底嬉しそうで、私はついつられて笑ってしまった。安心したのか再びソファに身体を沈めたレオくん。同じタイミングで聞こえたドアが乱暴に開け放たれた音に、私とスティーブンさんが振り返る。

「ザップ!これまた酷い血だな」
「俺のじゃねっすよ。ヤク中の奴らに絡まれたんすよ」
「ちょっとザップ!レオくんの顔乗ってる乗ってる!!」

 ずかずかと入室してきたザップは容赦なくレオくんの顔面に着席した。多分死んでないっすよ、と私の声には御構い無しに真面目な話を進める二人。(無視かよ。)心配そうに見つめるソニックには悪いけど、私にはもうどうしようもない。
 諜報系のミッションは私の担当外だから、チェインを加えた3人の話し合いは聞き流していく。もちろん【エンジェルスケイル】という事件のキーワードは聞き逃さないが。

「……と、いう感じでどうだろう?クラウス、」
「あ、今兄さんなら」

 ごう、と熱を帯びた重圧が一瞬にして執務室を包んだ。数瞬後、ヤマカワさん投了です!と爽やかに言い放った兄さんは、もちろんエンジェルスケイルの話なんてちっとも聞いてない。スティーブンさんは呆れと笑いを混じった笑顔で「じゃ、そんな感じで、解散」と言って執務室を後にしていく。
 間も無くしてレオくんの蘇生に取り掛かったザップの姿は何とも情けなかった。なんでこいつのこと好きになってしまったんだろう?とひとりごちた。





「ナマエ様、大変申し訳ありませんが、ドレスコードのご準備をお願い致します」

 あれから一週間。結局ライブラは誰一人として情報を入手することが出来なかったらしい。ギルベルトさんの言葉に「やっぱそうなっちゃうか」と漏らせば、何か察したのか再びギルベルトさんが申し訳ありません、と呟いた。
 私が彼からドレスコード厳守で呼ばれるのは2パターンしかない。ライブラの資金源を得る場合と、とある人物に謁見する場合。
 食事の時や飲み会の時なんかは兄さんや他のメンバーから直接声がかかる。つまりはそういうことなのだ。大っぴらに出来ない場所に、これから私たちは足を踏み入れるのだ。

 途中でK・Kを拾い私たちはドン・アルルエル・エルカ・フルグルシュと対面する。何時もながら不気味なお方だと思う。ここでは兄さんが彼とプロスフェアーで戯れることを引き換えに情報を得るけど、敗北した場合は容赦なくドン・アルルエルに脳を剥奪されてしまう。
 何故そんなところに私が同行しているのか。実のところよく分かっていない。ただ言われるがままにクラウス兄さんに連れられ、ひたすらドアの前で戻ってくるかも分からない彼を待つ。
 ザップが死にかけた時とはまた違う不安や焦燥が私の心を飲み込んでいく。そんな私にK・Kが言い聞かせるように「大丈夫よ、絶対大丈夫」と言う。私はそうだね、という代わりにぎゅっと彼女のコートを掴んだ。





「……またあの生娘を連れてきたのか。お前も随分物好きになったなぁ?」
「彼女は義理の関係である事に距離を置いていますが、私にとってはかけがえのない妹」

 扉の向こう側でひたすらに私の無事を神に祈り待ち続けてくれる、これ程心強いことはありません。クラウスが微笑混じりに言えば、ドン・アルルエルは「人間の考えはよう分からんな」と鼻で笑う。

「クラウス、私は何でも知っているよ。あの娘……混じっているね?」
「……それも貴方のルートの情報か」
「いや、これはただのそう、同種だから感じるもの……本能とでも言っておこうか。あれはなかなか高貴な混じりを感じるね。もしや罪滅ぼしのつもりにでも思っているのかい?」
「最初はそうだったのかもしれません。が、今は微塵も。血のつながりなど関係なくただただ愛らしい私の妹だ」

 ぴたり、とアルルエルの手が止まった。この数十時間一度も止まらなかった手が。珍しい出来事にクラウスは目を見開いたがそれもつかの間、彼の「やはり人間は理解し難いね」という言葉で再開されたのだった。





 おそらく中では99時間が経過したのだろう。ボロボロになった兄さんが白い空間から倒れるようにして出てきた。顔面蒼白。私は慌てて輸血の準備を始めた。

「お兄ちゃんッッ!!」
「ナマエっち!担ぐのを手伝って!急いで上に行くわよ!」
「わかった。お兄ちゃん捕まって、」
「……懐かしいな、その呼び名は」
「え?」
「君は、HLに連れてきてからは兄さんと呼んでたじゃないか」
「それは……」
「君は……もっと甘えることを覚えることだ。私にも、他の戦友にも」

 君はここに居ていいんだ。そうだろう?とだけ言い残して気を失ってしまった兄さん。この時私は疲れた兄さんの戯れ言としか思っていなかった。それもそのはず、この時の私はまだ何も知らない子どもだったのだから。





 数日後、すっかり元気になったお兄ちゃんは相変わらずプロスフェアーに勤しんでいた。私はその姿を横目にタブレットをいじっていく。

「おいナマエ、旦那のことだがよ」
「お兄ちゃんがどうかしたの?」
「それだよそれ!今までは兄さんって呼んでたじゃねーかよ。どういう心境の変化だ?」
「え?あ、んー……甘えてみようかなと?」
「質問に疑問符つけて返してんじゃねーよ。じゃあなんだ?お前は甘える時にお兄ちゃん呼びってか?何処のメイドカフェのオプションだよ」
「メタだなーその話……そんなに言って欲しいならいうけど?ザップお兄ちゃん?」
「………っ」
「紅くなってんじゃねーよキモイな!!」

 すぐそばでとんだ二次災害が起こっている事など、プロスフェアーに勤しむお兄ちゃんには知る由もなかったのだ。

まばゆい獣

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