「ナマエさん、そろそろ上がりで良いですよ」
「えっでもまだレイトランチの片付けが……」
「いいんですいいんです。貴方は十分働いてくれましたよ。早めに上がって身体を休めて、夜のお祭り騒ぎに備えてはどうですか?」

 今日はライブラの飲み会があるから元々ディナーの仕込みを終えたら退勤するつもりだったけど、予定より3時間も早いお達しに悪い気がしてしまう。ディッシュを洗う手を止めるか否か迷っていると、マスターは私のとなりに来てシンク先の蛇口をきゅっと閉める。お疲れさま、ナマエ。と言ってタオルを差し出してくれた。

「本職を大切にしなさい。まずは仲間と互いを知り合うことだ。そうでないと……死んでしまうよ?」
「マスター縁起でもないこと言わないでくださいよっいじわるだなぁもう!」
「そりゃオメーが意地張って帰らねーからだろ」
「ああザップくん来たね。それじゃあこの子とこのワインをよろしく頼みますよ」

 レイトランチも過ぎ、閑散とした店内にベルの音が響いてそちらを見ると、珍しく大きなバッグを担いだザップの姿があった。なんでザップが?マスターに呼ばれたんだよ。ふーん、そう。お前聞いて来たくせに興味無しかよ。そんな通常運転のやりとりを交わしながら私はエプロンを壁にかけて帰宅の準備を進める。
 興味がなさそうって、そりゃそうだ。ここ数日バイトのある日は決まり文句のようにザップに「終わったらメールしろ」と言われて、行き帰りはランブレッタで送迎されていたから。今日は珍しく言われなかったなぁとは思っていたけど、今日はマスターとの約束があったからか。と一人納得。





「ん。」
「は、なに?」
「オラナマエ荷物寄越せ。ワインと一緒に足下置くからよ」
「……背負ってられるけど」
「るっせーな寄越せって言ってんだろ!」

 そう言って私からポシェットを奪ったザップは足下に置いたワインの入ったバッグにポシェットを突っ込んだ。私のことを素直じゃねーヤツとか言うけど、ザップもなかなか素直じゃないと思うんだ。そんなことを考えていると知ってか知らずか、さっさと乗れと促すザップ。

「ザップー迎えありがとー」
「ああー?」
「えっ何その反応、素直にお礼言ってるのにさぁー!」
「つーかあのバイトいつまでやるんだよ!危なっかしくて見てらんねーなぁ!」
「あんたがデート代出せるぐらいまともになるまでは辞めないわよー!」
「るっせそれを言うな!黙って乗ってろクソアマ!!」
「わっ!急にスピード上げないでよ!!」

 速度を上げて走り続けるランブレッタ。現在は大通りを走っていて声を張らないとなかなか意思疎通が出来ない。私とザップはお互い少しでも聞き取ろうと伝えようと、互いに口と耳を寄せ合う。「このやりとり、フェムトに釣り上げられた時と同じだね」と小さく言えば、ふっとかすかにザップが笑ったのが見えた。ザップから返って来た「ちゃんと聞こえてンぞ」という科白があの日のことを言っているみたいでつい笑ってしまった。





「レオくん!隣いい?」
「ナマエ!どうぞどうぞ」
「お、ナマエじゃねーか!どうだ?スケートの調子は」
「パトリックごめーん……受け取ってからまだ使ってないんだよね……」
「スケート?」
「そっか、レオくんはまだ知らないよね。私も一応戦闘員だから、仕込み武器を持ってるの。で、普段の移動手段に使ってるスケートに改造をお願いしてたの。でも最近はザップが見送りしてくれるからスケート使ってないんだよねぇ……」
「お、やっとおめぇくっついたのか!いやー長かったなぁホント」

 そういって入り口の壁にもたれるザップを見やるパトリックとレオくん。ソファの向かいに座っているスターフェイズさんはけらけら笑っているし、クラウスお兄ちゃんは目が点になってるしでなんか散々だ。救いを求めて見下ろしたソニックには「ポテチを開けろ」と頼まれた。ここに神はいないのか!!

「せっかく若いのがおもしれーこと言ったんだ、レオ!お前も何か面白いこと言え!」
「ええええええええ?!!無茶ぶりにも程があるでしょ!!助けてよナマエ、」
「そーだ言え言えー!!」
「わああああああこの人これでもかってぐらいしてやったり顔してる!!実は二人とも泥酔してる?!!」

 ご機嫌なパトリックに持ち上げた挙句くるくると回転されても吐きそうと騒がないあたり、レオくんはそんなに飲んでないんだろう。ソファの肘置きでは1カップを一気飲みした挙句ポテチに加えてポップコーンも食べて満腹になったソニックがすやすやと眠っていた。そっと頭を撫でれば温もりにすがるように擦り寄って来る。

「ところでレオ、最近はどうだね?この街にも随分慣れて来たのではないかね」
「あ、はい……そうですね」
「神々の義眼って色々見えちゃうんでしょ?ただでさえカオスなHLなのに……疲れちゃってない?平気?」
「んー……まあ挙動不審にはなっちゃってるかもです。さっき来る時もものすごい真っ赤なオーラを羽みたいに広げた人がいて、ものすごい綺麗で……そうそう!それ見た時にまるで……」

 バンッ!!!と勢い良く置かれたファイルに私もレオくんも心臓が跳ねた。ワンテンポ遅れて理解したけど、あまりの緊迫した空気に言葉を発することはおろか唾を飲み込むことすら躊躇われた。「レオナルドくん。君は今、赤く輝く羽のような光、といったかね?」と問いかける兄さんに静かに頷いたレオくん。ふと下がった背もたれに振り返ると、もたれ掛かったザップがいた。

「教えてやろーう、しょうもなき民よ」
「わ、うぜーの来た。」
「何そのざっくりした王様キャラ!三文ロープレか!!」
「お前がみたのは吸血鬼だ」
「……ナマエ、僕何を見たの?」
「それは……スティーブンさん、」
「ああ、俺が説明しよう」

 今まで認知されずにただの現象でしかなっかた存在、吸血鬼。それが神々の義眼で識別可能であるということ。それにより今後得られる情報は量も質も跳ね上がるということ。私はざわつく胸を抑えてねえ、と声を発した。

「エイブラムスさん、どーするの?」
「えええ〜…もしかして、呼ぶの?クラっち」
「当然じゃないか」
「つうか正直……呼ばなくてもいらっしゃると思うし、この事態にあの人抜きの方が考えられん」
「わぁ〜……暫く有休とりたい……」
「ナマエ、ザップさん。あの人、って……うわ何なんすかその表情!!一体どんな人が来るって言うんすか!!」
「……察してレオくん。私執務室居たくない」

 私は残り少ないワインを揺らして一気に飲み干した。なんだか嫌な予感がするのはきっと気のせいだ。そうであって欲しいと願った。

ゆるやかに屍に近づく

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